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前代未聞の悪妻

2016年01月22日 (金) 20:54
前代未聞の悪妻

◎落日の影
「ああ、鳩どもがねぐらに帰る……もう雁の渡って来るのに間もあるまい」

「ーーあの、人でなし、まだ自害もせなんだかや」

「大義であった。この瀬名は家康の正室ゆえ座は改まるに及びませぬ」

(素直に聞く相手ではない……)

「わらわは家康どのの正室。子を苦しめて喜ぶが良人の楽しみならそれに従うて、ともによろこぶが婦道であろう。のう平左衛門」

御前は淡々とうなずいた。
「徳川左近衛権少将家康どのは腰ぬけにて、信康ずれの機嫌をとるため、わが妻子を殺したお人と、後々まで笑いを残す……おお、命令あらば立派に自害してのけようぞ」

今川義元の姪として嫁いで来た御前。
愛情に餓え、わがいのちを扱いかねて、いよいよ夫婦の間の溝を深めた哀れな女。

(いったいこれは誰の罪なのであろうか)

と、太郎左の口調はまだ険しかった。
「おそらくこれは前代未聞の悪妻であろうて。それが選りに選って大殿の御前とは。どうせ、あとで人に刺させるほどなら、さっきおれを止めねばよかったのだ」

「恐れながら、この重政、御前のご介錯をいたしとう存じまする」
「なに介錯を……こなたたちは、ここでわらわを斬るつもりか」
「ご生害ねがわしゅう、このとおりでござりまする」

「いいえ、重政一人のお願いでござりまする。恐れながら若殿のために」

「何とぞ、お家のために、ご生害のほど……このとおりにござりまする」

これは家康の命でもなければ三人で相談したうえのことでもない。

(これが正しいのだ……)

「いやじゃ……」

(死ぬものか!)

そして次の瞬間、あたりへはザザッと血の虹が立ったと思うと、
「うぬッ、主殺しを……」

「ご介錯申し上げまする」

「うぬッ、よくもわらわを……祟ってやろうぞ」
……凄惨というよりも、むしろ何か底抜けに悲しく憐れな人間の最期に見えた。
「徳川の家の……あらん限りは……怨んで、怨んで、怨みぬこうぞ」

「死ぬものか、死にはせぬ。魂魄はこの世にとどまって」

「ご面」
と、重政の声がひびき、そのまま御前の体は重政の両腕の中へ倒れこんだ。
「よくやった。ここで討たねば、きっと大殿に斬りつけかねないお方なのだ」

「御前は北富塚の向かいの谷まで来られたところで、若殿のご助命を願い、ご生害なされてござりまする」

「なに自害したと?」

「そうか。女性(にょしょう)のことなれば、計らい方もあったものを……心幼く……生害させたか」
生害させたかと言われたとき、重政はいきなりハッと平伏した。
彼らの斬って来たことを敏感に感じとっている……そう思うと、全身がすくんでいって、家康の顔の見られぬ重政だった。


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二俣城

2016年01月21日 (木) 20:16
◎泣き獅子「御台所さま、若殿はきのう、この城から追放され、牢人なされてござりまする」「えっ!?殿がこの城から追放されたと……」「はい。まず大浜に謹慎を命じられ、やがて切腹のごさたとなろうと……」「太郎...
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いったいどこにこの原因が?

2016年01月20日 (水) 20:50
◎追放「その信長どのから、母上は斬。この信康は切腹させよとお指図があったそうな」「えっ?」「母上は斬るように、そしてこの信康には切腹をと……」「その決定は後のこと。母上は勝頼へ内応の誓書を送り、勝頼か...
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家康の側室

2016年01月19日 (火) 23:57
徳川家康公は、正室、側室あわせて何人の妻がいたのですか?そのなかで、特に愛した女性は、誰と誰ですか?記録上確認できるのは以下の20名です。又、家康の側室は未亡人が多いいです。正室・築山殿(関口親永娘)...
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わしにはの、その甘える相手もない

2016年01月19日 (火) 20:30
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これが親の迷いなのだ

2016年01月14日 (木) 22:15
◎落雷この城も、本多作佐衛門に命じて、以前よりはぐっと大きく城郭をひろげていたが、その質素さは安土の結構などとは比ぶべくもなかった。信長の推挙で、家康もすでに官位は従四位下左近衛権少将に任ぜられ、領土...
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人間なぜこのように愚かなのであろうか

2016年01月12日 (火) 16:06
◎入道雲家康にとって雌伏の期間であった、天正四、五、六年の三年間は信長にとっては完全にその覇業の基礎を固めさせた、破天荒な活躍期間であった。「では、やはり折りを見て、甲州を先に攻められましてはいかがで...
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その矛盾が酔いと一緒に

2016年01月11日 (月) 20:46
◎冬のあやめ……一定の酒量を超えると、必ず妙にすさみだした。そしてそのあとでは、まるで狂風の愛撫の爆発だった。しかし……朝になって、こうしてそっと眺めてゆくと、それは得も言われぬ、静かでかなしい寝顔で...
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誰もかれもが堪忍のしくらべ

2016年01月09日 (土) 21:55
◎再び雌雄「ーー信忠、もうよかろう。おぬしに家督を譲ってな、わしは近江へ新城を築いて移る」この話を伝え聞いて、家康はさっそく人夫と石材を送ってその築城を助けた。信長が何のために岐阜城を信忠に譲って、安...
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辛抱の強いものが

2016年01月04日 (月) 20:44
◎決戦「今だ。柵を踏みつぶせ!」「蹴ちらして信長の本陣へ殺到しろ」と、そのときだった。柵の前に密集してしまった騎馬武者二千の上へ、信長の伏せてあった千挺の鉄砲が、いちどにダダダーンと天地をゆすって射ち...
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さすがは徳川どのの片腕

2016年01月04日 (月) 16:58
◎智略戦略「隠れ遊びの術」敵味方の兵力を冷静に計算して、味方に勝算なしと判断したときには、さっさと敵に待ちぼうけを喰わして引きあげてゆくのである。(信長はそれを知っていて、わざと腰を重くして来た……)...
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一つ一つ置いて行かねば

2016年01月03日 (日) 09:25
◎決戦前夜家康「知れたことだ。兵の強弱は大将次第。信玄の兵が強かったとて、勝頼の兵も強いと思うな、まず踊れ、忠次」「こりゃおかしい!どうだあの生まじめなお顔は」「これで勝ったわ。それつまめつまめ」「た...
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七生まで勘当するぞ

2016年01月02日 (土) 15:17
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先生の特別寄稿(秋田新報)

2016年01月02日 (土) 12:55
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明けましておめでとうございます

2016年01月02日 (土) 12:35
明けましておめでとうございます。?今年もどうぞよろしくお願いします。先生は初孫を迎えられて、ご家族ご兄弟賑やかなお正月のことと思います。私は娘からチュチュ攻めにあっていた初夢を見ました。まさに夢のまた...
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苦痛の底でねばりぬく

2016年01月01日 (金) 00:00
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大将は士卒の何倍か苦しむべき

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◎露見於義丸は……家康の前に坐らされると、こやつ、何奴であろう?、といった表情で、わが父親を見上げた。「ーーふーむ、大きゅうなった」「ーーよいか、これからこの能はじめをわが家の慣例としてゆくぞ」(大将...
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この女が奥方さまと呼ばれる女?

2015年12月31日 (木) 19:42
◎弥四郎の計算信長はこの一戦に勝ったかに見える勝頼が、実は宿将老臣の反感を高めて、わが足もとへ崩壊の淵をうがってゆくのだということがハッキリと分かるからであった。(果たして、次に卷き起こされる運命の一...
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父への尊敬を増して

2015年12月31日 (木) 00:56
◎破れ雨武節、足助への初陣以来、戦場へも幾度かゆき、そのたびに父への尊敬を増して戻って来るらしい。(男とはみなああしたものであろうか)「ーーやはり海道一の弓取りはお父上ぞ」「ーーおとぎはのう、あまり強...
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神はみずから助くるものを

2015年12月30日 (水) 00:40
◎地の嘆き勝頼が考えても、たしかに父は偉大であった。と言って、その偉大な父の死が、こうした姿で、その子を苦しめて来るとは思いもよらなかった。(偉い父を持ちすぎた)(そうか……みなはそれほどまでにこの勝...
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