◎親鬼子鬼
徳姫
「喜乃」
「はい」
「女子は、誰もがそのように優しいものじゃ。それなのに、築山御前だけ、なぜあのようにむごい性(さが)になられたのであろうかの」
「わらわにはようやくそれが分って来た気がします」
「やはりこれは浜松の舅御さまが、あまりつれのう当たられたからじゃ」
「いいえ、そうではない。女子はのう、たよる殿御と心のうちの通わぬときは、誰も彼もが鬼になりたいのじゃ」
「さてそこで……」と、美作は顔中を笑いにして、
「それがしはこれより岐阜のお館のもとに参りまする。何しに行くかは改めて申し上げませぬ。それがしの申すこと、もしお館がお聞き届けなくば、その場を去らず、腹かっさばいて、二度とは三河の土は踏みませぬ」
「御台所さま、ご両親へのお言伝仰せ聞け下さりませ」
姫が思い迷っていると見てとって、美作はまた扇ぐ手をとめた。
「この戦、徳川家の浮沈にかかわるだけでござりませぬ。もし、三河で堰を切ると、この怒濤はそのまま、美濃、尾張へ押しよせまするが」
「お館の顔も鬼じゃ!」
「なんだとッ」
「この美作などは、同じ鬼でも、やさしく小さな鬼じゃが、お館は大鬼じゃ」
「使者の口上ッ!」
「わしはな、少なくとも三千五百は欲しいと思うている。それでいま、大和の筒井、細川などに使者を飛ばして鉄砲をあつめているところと思うがよいぞ」
八十人から百人で一隊をなしたものが、続々と岐阜に繰り込んで、その数は信長の放言どおり、ついに三千人近くになって来た。
「抜刀隊、三十人」
パッと城門を押しひらかせると、そこから谷底へ不気味な喊声のこだまがひろがった。
「あっ、土の中にもいやがった!」
金堀の人足の一人が胆をつぶして叫んだときに、その突破口めがけて五、六挺の鉄砲が放たれた。
たったそれだけで、ここでも敵の意図はみじんに砕かれた。
が、いずれにしろ一万五千対五百の戦であった。
「ーーこのうえは兵糧攻め」
「おお、そこにいたか、その方、城をぬけ出して大殿のもとへ参れ」
「お断りいたしまする」
「お断りいたしまする」
「お断りいたしますると申したので」
「何の! 敵を恐れねばこそお断りいたしまする。……あれ見よ、天正三年(1575)の長篠の戦に、落城を目前に控え、命惜しさに城を逃げ出した腰抜けはあれよと笑われまする」
「これ鳥居強右衛門はおらぬか」
「はい、参りまする。が、いずれへ参りますので」
こんどはみんなプーッと吹き出した。
「どこへ……と、いって、その方、今の話を聞いていなかったのか」
「……たわけめ、川底を歩いて行けば対岸へ着くわ。対岸へ着いたらこんどは土の上を歩いて参れ」
「…勝ち戦の祝いの日まで、たどりついた城で休め。重ねて言うぞ。この使命果たす前に討ち死にすると、この九八郎七生まで勘当するぞ」
「わかりました」
「これがせめて闇夜であってくれればよいのに」
わが黄身の命にかわる玉の緒は
なにいといけんもののふの道 強右
「すさまじい川瀬の音ゆえ、隙を見て飛び込んでも音は気づかれまいが……」
「殿! では往んで来まする」