◎冬のあやめ
……一定の酒量を超えると、必ず妙にすさみだした。
そしてそのあとでは、まるで狂風の愛撫の爆発だった。
しかし……
朝になって、こうしてそっと眺めてゆくと、それは得も言われぬ、静かでかなしい寝顔であった。
(いったい夜の殿がほんとうの殿なのか、それとも昼が……)
「こなたは、この間、若殿が鷹狩りのご帰途、むごい事をしてのけられたご存じか」
「若殿の怒りはこれで押さえきれないものになった。いきなり馬からとびおると、その僧の衣のえりに縄を結いつけ、馬に一鞭あてられた……」
「……よいなあ、こなたにこの娘……名は菊乃という、この娘を預けるゆえ、これを若殿にすすめるのじゃ。この娘の中にも今川の血は、かすかながら残っている。よいか、嫉妬しやったり、このまま寵を徳姫にうばわれたりしては許さぬぞ。こなたの手で必ずこの娘に和子を産ませよ。それが、こなたの罪ほろぼしじゃ」
「はい。私の祖母は、治部大輔さまにお仕えして、みごもったまま嫁いだのだとききました」
「いずれ殿から、お声がかかりましょうほどに、そ……そ……そのおりに……腰元たちに訊ねて進ぜよう」
「おや?」
「そちはまた、何とまん丸い顔をしているのじゃ」
「はい、みんなが満月のようじゃと申します」
「なに満月……いまは仲秋ではないぞ。正月じゃ。出るときを間違えるな」
「待て、満月待てッ」
「はい。築山御前さまがお口添え、手もとにおくことになりました。お目かけ下さりまするよう」
「なに、母上の口添えじゃと」
「その者、予の眼にふれぬところにおけ」
「は……?」
「そうだ。あの満月めも呼んで来い」
「よいか。若殿さまの御前へこなたも出るのじゃ、のう、若殿さまはお酔いになっていられるゆえ、さからってはなりませぬぞ」
「一人で産めるかな」
「さあ……」
「そうそう、姫ならばいらぬゆえ、和子を産めと仰せられましたゆ」
「お手伝いは……」
……
「あやめのお方にしていただきまする」
「なにッ!」
……あやめに身を引けというほどの狡猾な意味にとれてくるのである。
「これ、誰ぞ奥方を呼んで参れ、憎っくい女だこの小娘は、すぐに徳姫へあずけよう。呼んで参れッ」
(根はやさしいお方なのだ……)
それが乱世に生きる武士の強さを持とうとして、絶えず苛立ち、その矛盾が酔いと一緒に荒(すさ)びた姿で出て来るのではあるまいか。
(もし、信康が死んだらどうしようか……)
(どうしよう……?)
「殿……」
「あやめは先に死にます」
愛おしむと、信康に言われた言葉が、死へ自分を追いやったのだとも、むろん気づいていはしまい。
「殿……お先に……」