ガンジー自伝
マハトマ・ガンジー=著
蝋山芳郎=訳
中公文庫
◎はしがき
わたしの共働者の幾人かから、たっての要請があったので、わたしは自伝を書くことに同意した。
「君はどうして、この冒険を始める気になったのか。自伝を書くということは、西洋特有の習わしである。…君はいったい何を書こうというのか。…」
わたしは、一人の人に可能なことは、万人に可能である、とつねに信じている。
…私の実験は、密室のなかで行われたのではなく、公然と行われてきた。…世の中には、個人とその創造者のみにしかわからないものがいくつかあって、それらは、明らかに他の人には不可能のものである。
宗教上の事柄といっても、この話のなかにあるものは、子供たちや老人たちにも理解できる事柄のみだろう。
「真実をわたしの実験の対象として」
もちろん、この中には、非暴力、独身の生活、そして真実とは性質を異にするもろもろの原則の実験も含まれよう。
だが、わたしがこの絶対の真実を会得しないかぎり、それまでは、相対的な真実と思ったものに固執していなければならない。
およそ真実の探求者は、塵芥(ちりあくた)より控え目でなくてはならない。世の人は、塵芥をその足下に踏みつけている。しかし、真実の探求者は、その塵芥にさえ踏みつけられるほど、控え目でなくてはならない。
われのごとく 小賢しく
いやしき者ありや
造り主を見捨てたるわれ
われはかく 不信の徒なりし
1925年11月26日
サバルマテイの道場(アシュラム)にて
M・K・ガンジー
第一部
1 生まれと両親
ウッタムチャンド・ガンジー、通称オタ・ガンジーといわれたわたしの祖父は、一見識を持った人だったにちがいない。ポンバルダル国の首相だった彼は、お家騒動のためポンバンダルを去るはめになって、ジュナガート国に身を寄せた。彼はそこで国主に挨拶するのに、左手を使うのだった。
「右手はもうとっくにポンバンダルに捧げてあるから」
オタ・ガンジーは、最初の妻と死別したので二度結婚した。先妻との間に四人の息子が、二度目の妻との間に二人の息子があった。この六人兄弟の五番目がカラムチャンド・ガンジー、通称をカバ・ガンジーと言った。わたしの父だ。
カバ・ガンジーはどの妻にも先立たれてしまって、つぎつぎに四たび結婚した。最初の妻に娘一人と息子三人ができ、わたしはその末子であった。
わたしの父は、一門の敬愛の的であった。誠実で勇敢で寛大だった。しかし気短だった。
わたしの父には、蓄財の考えが全然なかった。私たちに残された財産はきわめて少なかった。
彼女(母)はお日さまを拝まないうちは、食物を口にしない誓いをたてた。そういうとき、幼かった私たちは、戸外に立って、お日さまが姿を見せるのを母に知らせようと、空をにらみながら待ち構えていた。
2 学校時代
いつも、非常な引込み思案で、だれとも交際するのを避けた。
ひとと話をする気になれなかったのであった。わたしはだれかにから、からかわれはすまいか、と心配さえしたのだった。
のろまなのはわたしだけだった。
ところが、何かのはずみで、父が買い求めた一冊の本がわたしの目に止まった。
『シュラヴァナ・ピトリバクチ・ナタカ』〔親孝行者シュラヴァナの劇〕
わたしは夢中になって読んだ。
シュラヴァナが負いひもで盲(めし)いた両親を背負い、巡礼に出る場面があった。
「ここに、おまえが見習うべき手本がある」と、わたしは自分に言ってきかせた。
これと同じことが、もう一つの芝居についても起こった。
『ハリシチャンドラ』
「だれもが、ハリシチャンドラのように真実にならないのはなぜか」
わたしは夜となく昼となく、この質問を自分自身に浴びせた。真実に従うことと、ハリシチャンドラが耐え抜いた試練のことごとくを、自分でも耐え抜きたいという思いにかきらてられて、…それを考えては、わたしは涙を浮かべた。
3 結婚
わたしが十三歳という年で結婚したことを、ここに書いておかねばならぬことは、辛いことである。
ヒンドゥ教徒にとって、結婚は、決して簡単なことではなかった。
ごちそうの皿数やその取り合わせで、他家をしのぐものを準備しようとした。
「もしわたしが妻への貞操を誓うべきであるなならば、彼女もまたわたしに対して貞操を誓うべきである」
4 友情の悲劇
彼のほうがわたしから離れて行ったのだ。
人間は善を取り入れるよりは、悪に染まりやすいからである。そこで、神を伴侶にしようと欲する者は、孤独を持するか、それとも全世界を伴侶にするかせねばならない。
「ぼくたちは牛肉を食べないだろう。だから弱いんだよ。イギリス人がぼくたちを支配できるのは、彼らが肉を食べているからだ。…きみも一度やってみないか。何事も試すにしかずさ。どのくらい力がつくものか、やってごらんよ」
見ろよ でっかいイギリス人
チビのインド人負け犬だ
肉を食べてるせいで
身の丈すぐれて二メートル
5 盗みと贖い
慈悲の矢に射止められし者のみ
慈悲の力を知る
6 父の病と死
ある恐るべき夜だった。
妻はかわいい寝顔でぐっすり眠っていた。しかし、わたしがそこにいて、どうして彼女は眠っていられようか。わたしは彼女を揺り起こしたところが、それから五、六分立つと、…
「お起きください。お父さまが非常に悪いのです」
「どうした?」
「お父さまがおなくなりです」
もし獣欲に目がくらんでいなかったならば、わたしは父が息をひきとるいまわのきわに父のそばにいなかった嘆きをせずにすんだのだ、ということを悟った。