【グローバルオピニオン】米の次期政策、MMTに合致
ニューヨーク州立大教授 ステファニー・ケルトン氏
日本経済新聞 朝刊 オピニオン2(7ページ)
2020/11/12 2:00
●Stephanie Kelton MMT(現代貨幣理論)の提唱者の一人。米上院予算委員会の民主党主任エコノミストを経て、同党左派のサンダース上院議員の経済政策顧問を務める。
MMT(現代貨幣理論)は、中央銀行が政府の財政をファイナンスすることだと誤解している人がいるようだ。だが、MMTは財政面の対応で、中央銀行が国債を買うことではない。MMTの考え方は、中央銀行が量的緩和を進める以前からある。
景気が悪化すると、個人の所得や賃金が減少し、企業は顧客や収入、利益を失う。こうした時には、通貨を発行できる政府だけが経済にバランスを取り戻すために支出を増やせる。政府が通貨の発行者であるということに関連している。政府以外の部門は通貨の利用者であり、支出や借金をする能力は限られている。
MMTの考え方では、通貨を発行する政府は、歳出をまかなうために増税をする必要はない。政府が歳出を増やすことで新たな通貨を生み出すと考える。増税は通貨を回収し、政府以外の部門の購買力を減らすことになる。増税をしても、歳出が増税を上回り政府として財政赤字であれば、全体では通貨を増やしていることになる。
税の役割はいくつかの理由から重要だ。まずは再分配だ。資産や所得の不平等をただすために税制を活用できる。新税の導入や税率の引き上げで、再分配のバランスをとることが可能だ。また、政府支出が経済にインフレ圧力を生むのを防ぐのにも使える。
まず認識すべきなのは、現在はインフレへの対応は中央銀行の金利政策に頼っているということだ。常に利上げがインフレと闘う良い方法とは限らない。例えば物価指数が上昇していても、上がっているのが医療費や薬価だけで、他の物価は落ち着いていたとする。こうした場合は、利上げや増税で対処すべきではなく、薬価の設定を見直すべきだ。
インフレ圧力がどこからきているかを見極めることが重要だ。経済の生産能力の限界を上回るほど政府が歳出を拡大している状況でなければ、インフレ抑制のために増税を使うのは最後の手段だ。インフレ防止策のために、議会が増税や歳出削減を投票するまで待つ必要はない。失業など経済状況によって、自動的に歳出が増減する財政の自動調整機能も働く。
米国では大統領選までに追加経済対策に合意できなかったので、数百万人の雇用が失われかねない。(大統領選で当選を確実にした)バイデン前副大統領は財政支出で経済を支える用意があると言っている。彼は気候変動対策やインフラへの投資を通じて賃金の高い雇用を確保するとしている。
私は経済政策について(民主党の)サンダース議員陣営とバイデン陣営の作業部会に参加し、バイデン氏への提言をまとめた。上下両院議員や政府関係者とも接触している。前回の米経済危機では、当時のオバマ政権が財政刺激策を早く縮小しすぎたので経済回復を妨げた。その結果、雇用が完全回復するのに7年近くかかった。バイデン政権はより強力な財政政策と強い経済回復を目指すだろう。
バイデン氏の周りには様々な人がいる。彼は前回の危機でともに働いた人々も政権に入れるだろう。ただ、前回判断を誤った人々が同じ考えを続けるなら問題だ。彼らが過去の失敗に学び、違う政策を進めるならばよい。
(談)
●物価管理に過信も
日本経済新聞 朝刊 オピニオン2(7ページ)
2020/11/12 2:00
コロナ禍に伴う景気後退に対応して各国が巨額の財政支出に動いている。すでに世界はMMTを実践しているのではないかという声すらある。
MMTでは、インフレのリスクが大きくならない限り、財政赤字は拡大できるとする。ケルトン氏が主張するのは、中央銀行だけに頼らないインフレ抑制策だ。インフレは様々な要素があるので、利上げだけでなく、個別物価への規制や財政緊縮策など必要に応じ政策を組み合わせるべきだという。
確かに日本の1980年代のバブル期のように、一般物価は落ち着いていても株や不動産など資産価格だけが上昇する局面もあった。ただ、金融政策が万能ではないにしても、政府が経済の全てを管理・統制して機動的に政策を発動できるとは限らない。政府の力を過信しているようにもみえる。
ケルトン氏は、バイデン氏がMMTの枠組みに沿った財政支出拡大をするとみている。だが財政支出に積極的な民主党であっても、MMTの議論に100%乗った政策はとらないだろう。
(論説委員長 藤井彰夫)