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トインビー博士が世界宗教の重要性を強調
宗教は人類史において、重要な役割を果たしてきた。そうした点を踏まえ、これからの世界にはどのような宗教が求められていくのか。私は今、20世紀の高名な歴史学者アーノルド・J・トインビー博士の知見や態度に学ぶべき点が多いと感じている。
博士は1972年と翌73年に池田大作先生と対談し、この内容は対談集『21世紀への対話』として結実した。博士は、ライフワークともいうべき大著『歴史の研究』を61年に完結した後も改訂版を著し、いくつかの理論に修正を加えているが、文明評論家の謝世輝氏によれば、先生との語らいの後に発刊された改訂版では、博士の歴史観に変化が表れているという。
それは、「覇権競争によって生まれる世界国家が、世界宗教を生む」という考え、つまり、世界的な戦争によって、人類がその愚かさから目覚め、初めて世界宗教が生まれるという見方から、「世界宗教の共通の基盤の上に、世界国家(世界連邦)が建設されねばならない」と、従来の主張を変更したことである。謝氏は、この変化は、池田先生との対談によるところが大きいと述べている。いずれにせよ、歴史研究に人生をささげた博士が、最晩年に世界国家建設のための宗教の重要性を強調したことは傾聴に値しよう。
この対談集で、トインビー博士は、世界宗教が備えるべき条件として、「自己超克」を挙げた。これは利己主義に支配された“小さな自分”を乗り越え、周囲の人々の幸福のために尽くす“大いなる自分”を築くことである。人類がさまざまな危機を克服し、共生していくためにも、この自己超克を可能にする宗教が不可欠であるというのが、博士の洞察であった。
そうした宗教には、他者を異質な存在として排除するような思想はない。弱者を包み込む全人類的価値に根差した道義性、倫理観があり、科学や医学などの最先端の知見を学び、生かしていける哲学の深さがある。そして何より、相手から謙虚に学び、共通点を見いだし、自他共に高め合っていこうとする魂の触発作業がある。それは、まさに池田先生が世界一級の知性との対話をはじめ、自らの行動を通して示されてきた道ではないだろうか。
〈危機の時代を生きる――創価学会学術部編〉
第1回 感染症を巡る宗教と社会
創価大学文学部教授 井上大介さん