Contents
RSS 2.0

ブログ blog page

2020.10.8-6

2020年10月07日 (水) 08:32
2020.10.8-

???

●パンデミックで二極化する宗教
 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は、世界で100万人もの命を奪い、今この時も広がり続けている。人々の間にこうした不安が漂う中で、宗教はどのように位置づけられてきたか。WHO(世界保健機関)は4月、信仰コミュニティーに対する“実践的な考察と提言”を発表し、正確な情報の共有による恐怖や偏見の軽減、コミュニティーの強化、精神的連帯などの領域で、宗教団体が貢献し得るとして期待を寄せている。
 
 創価学会が科学的知見を重視して、人々の集う会合を速やかに中止し、電話やオンラインなどを使っての連携の強化や、機関紙などを通じて専門家による感染症予防対策の啓発活動を展開しているのは、その好例である。
 
 一方、韓国とフランスでは、宗教団体がクラスター(感染者集団)の中心となってしまった。それぞれの教団では“信仰していれば感染しない”といった幻想を人々に抱かせ、科学的・医学的知見を無視した結果、人々の「密集」状態が無反省に継続された。
 まさに、感染症の流行下にあって、宗教は二極化している。

●学会のオンラインの集いは世界各国で(写真はインド女子学生部の集い)
 こうした二極化は、歴史を振り返っても起きていたことが分かる。時代をさかのぼった事例では、3世紀のローマ帝国。疫病が蔓延した時、ローマの人々の光明となったのは、キリスト教であった。キリスト教団には医療の知識や技術があり、疫病に苦しむ人たちを看護し、救おうとしたのである。当時、ローマにそのような集団はなく、病人が快癒すれば、ローマ市民はそこに“キリスト教の奇跡”を見たのである。
 
 一方、そんなキリスト教徒も、ペストがヨーロッパに蔓延した14世紀半ばには、社会不安のスケープゴート(いけにえ)として、ユダヤ教徒にペストの責任を転嫁し、迫害したという歴史が知られている。さらに、それまで疫病にかかった患者を救済することで信者を獲得してきたキリスト教団も、ペストから人々を救済することは難しく、こうした出来事を通して既存の教団は弱体化し、ルターの宗教改革を筆頭とする“伝統的権威ではなく、各個人の強固な信仰心を重んじる宗教的方向性”が重視されていくこととなった。
 
 これらの事例から理解できることは、感染症という社会不安に対し、宗教は一律の対応をしてきたのではなく、各時代の宗教者の解釈と行動によって、ポジティブにもネガティブにも作用してきたという事実である。
 
 現代は感染症の研究も進み、さまざまな感染症がどのような原因で広がるかも分かってきている。そうした知見を踏まえつつ、宗教としての価値をいかに発揮できるか。そこに宗教の未来もあろう。

●感染症の中で宗教は発展
 さて、感染症がその他の病と比較し、人々にとって大きな脅威となるのは、当然のことながら「人から人に伝染する」という事実である。そのことが人々を社会空間の中で「正常」と「異常」に分離し、後者は「隔離」するといった動向と結び付いてきた。
 
 ちなみに、インドの階級制度であるカーストも、マラリアから身を守るための感染症対策として考え出されたとの説がある。古代インド人は階級の固定化をすることで人と人の交流を制限し、蔓延を限定的にしようとしたのだろう。


トラックバック

トラックバックURI:

コメント

名前: 

ホームページ:

コメント:

画像認証: