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欧州すくむ民主主義 ドイツ統一30年
90年以降で最悪水準 格差が大衆迎合生む
日本経済新聞 朝刊 1面(1ページ)
2020/10/3 2:00
冷戦の終わりを告げた東西ドイツの再統一から3日で30年――。東欧から世界に広がった民主化はいつの間にか熱を失い、かつて自由を叫んだ人たちがポピュリズム(大衆迎合主義)に吸い寄せられている。歴史の逆回転に歯止めは掛けられるのか。民主主義はいまが正念場だ。
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「我々こそが人民だ」。30年前に若者がひしめき、再統一の喜びを爆発させたベルリンのブランデンブルク門。8月末に周辺に集まった数万人規模の群衆のデモから、ベルリンの壁崩壊の原動力にもなった当時のスローガンが飛び出した。
まったく同じスローガンだが、放つ意味は30年で激変した。当時の批判の矛先は旧共産党の独裁体制へ向いていたが、今は新型コロナ封じ込めを進めるメルケル政権に向く。30年前のドイツ統一を象徴した民主化の合言葉は政府への反感をあおる極右の言葉へ転じた。
●消えぬ東西の壁
統一後の30年で旧東独の1人当たり国内総生産(GDP)は3倍に増えたが、それでも旧西の4分の3にとどまる。若者や働き盛りが西側に流出し、民主化に裏切られたと感じる人々にポピュリズムが忍び寄る。
2019年の独東部チューリゲンの州議会選挙では旧共産党系と極右政党があわせて5割を超える票を集め、第1党と第2党を占めた。東西の消えない壁に悩むドイツは欧州の縮図といえる。
ばかげた自由主義の教義への反乱――。9月21日、ハンガリーの保守系日刊紙に挑発的な言葉が並んだ。論文を寄稿したのは、法の支配や民主主義などの理念を掲げる欧州連合(EU)と対立し、強権政治を敷くビクトル・オルバン首相だ。
オルバン氏は東欧が民主化に向かった1989年に「自分たちの力を信じれば、共産主義者による独裁を終わらせることができる」と演説して喝采を浴びた民主化の元闘士だ。それが司法やメディアを締め付ける「独裁者」(ユンケル元欧州委員長)に転じた。
30年前の東欧では民主化さえ実現すれば、すべての問題が解決するという「過信」(ポーランドのワレサ元大統領)があった。だが、性急な改革は格差を広げ、恩恵にあずかれなかった農村部にポピュリズムの種をまいた。EUには加盟したが労働力を吸い上げられるばかりで、いつまでも2級市民扱いされているとの不満もくすぶる。
●危機が問う資質
スウェーデンの調査機関「V―Dem」がまとめる自由民主主義指数は2010年以降に世界各国で低下し、欧州は30年で最悪水準に落ち込んだ。ハンガリーは、EU加盟国で初めて「独裁」の領域に足を踏み入れた。
ハンガリーでは08年の金融危機後の10年、国際通貨基金(IMF)の支援下で厳しい緊縮財政路線を敷いた中道左派政権に不満が集まり、右派のオルバン氏が政権を奪った。ポーランドでは15年、09年以降の欧州債務危機のさなかに進めた年金改革への反発が右派ポピュリズム政権を生んだ。
欧州を大混乱に陥れた15年の難民危機はドイツで17年に極右政党を躍進させ、18年にはイタリアにポピュリズム政権をもたらした。グローバル化に取り残された有権者は、エリートの失政に厳しい目を向けた。
ポピュリズム政党が政権を奪っても維持できない――。当初は楽観論もあったが、ハンガリーやポーランドでは政権長期化が進む。ばらまき政策で国民の支持をつなぎ留め、メディア支配などで選挙に負けない状況をつくり上げる「賢いポピュリズム」(政治学者のヤンウェルナー・ミュラー氏)が根付きつつある。
民主化の後退にどう立ち向かうべきか。ドイツの政治学者、カール・シュミットはかつて国家の非常事態を意味する「例外状態」にこそ政治権力の本質が表れると論じた。押し寄せるコロナ禍という「例外」が政治リーダーの資質を占うリトマス試験紙の役割を果たすとすれば、信頼回復か喪失かの分岐点となる。
選挙制度や司法、メディアといった器が壊されれば、自由民主主義の回復は難しくなる。その前に狡猾(こうかつ)さを増すポピュリズムを封じ込められるか。30年前に「勝利」を謳歌した自由民主主義の前に、難題が立ちはだかっている。
(ベルリン=石川潤)