Contents
RSS 2.0

ブログ blog page

2020.10.3-4(4)

2020年10月02日 (金) 20:13
2020.10.3-

???

【経済教室】DX実現の課題(下) 
価値創造という視点を持て
豊田裕貴・法政大学教授
日本経済新聞 朝刊
2020/10/2 2:00

 DX(デジタルトランスフォーメーション)を導入するために何をすればよいか――このような質問を受けることが少なくない。取り組みレベルにより回答は異なるが、共通する課題として「DXが手段になってしまっている」と感じられることが多い。

 このような基本的な誤認が、ビジネスの現場であるのかと思われるかもしれないが、手段と目的の逆転はDXに限らず、新しい技術が普及し始めた際によく起きる現象である。先の質問に対して、「DXで何を実現したいか」と聞き直すと、具体的なレベルでの答えが返ってこないことがほとんどである。

◇◇

 2019年に経済産業省が出した「DX推進指標」におけるDXの定義は次の通りである。「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」

 もちろんこの通りなのだが、DXの目的を理解するには、やや抽象度が高い。そこでDXの目的を「コトの流通」だと考えることをお勧めしたい。流通とは、ギャップを埋める機能である。流通が埋めるべきギャップは複数あるが、ここでは「距離のギャップ」と「時間のギャップ」に着目してみよう。

◇◇

 日本は世界に名だたる流通機能を持ち、必要なモノを必要な場所に必要な時間に届ける仕組みを構築した。この強みを生かさない手はないからだ。この「モノ」を「コト」と置き換えると、DXで実現すべきことが明確になる。

 例えばコロナ禍では、仕事をする場所のギャップ(自宅と職場)の解決を必要とした。リモートワークという仕組みは目新しいものではなかったが、急激に広がったのは、このギャップを埋める必要が高まったためだ。このほかにも押印の廃止、共有すべき情報の共通書式化などは、仕事という「コト」のギャップを解決する手段としてDXを活用したわかりやすい例である。ギャップを埋めるべき「コト」を再考することこそ、第一に取り組むべきである。

 ただし、一点注意したいことがある。コロナ禍の影響から、遠隔化による業務推進を導入せざるを得ない状況になったこともあり、DXは業務効率化だという理解に偏ってしまった。これは大変危険なことである。効率化はあくまで今までできてきたことを文字通り効率的にするだけで、それ自体は新たな価値創造ではない。DXで重要なのは、「製品やサービス、ビジネスモデルを変革する」ことにある。

 ビジネスモデルを変革するためには、顧客へ提供する価値自体に新規性が求められることは言うまでもない。ピーター・ドラッカーが「現代の経営」で指摘したように、ビジネスの目的は顧客創造、つまり顧客が求める価値を生み出すことであり、マーケティングとイノベーション(革新)がこの機能を担う。

 そして、業務の効率化は、これらの目的を遂行し持続可能にするためには重要であるが、価値創造自体をもたらしはしない。DX導入を急ぐあまり、業務効率化のためのデジタル化のみを考えてはならない。コスト軽減と価値創造は両立する視点であり、どちらかのみでビジネスを駆動できるものではない。価値創造を考える上で重要となるのは、顧客が埋めたいギャップは何かを整理することである。業務の効率化によって作りだした余剰資源をこの点に投入することこそがDXの成功の要因であり、効率化の目的である。

◇◇

 当たり前の話ではあるが、DXの導入で何をすべきかといった質問が出ていることを考えると、手段と目的の対応への意識が希薄であることがうかがい知れる。DXによって解決すべき顧客の「解くべき課題」を常に意識することがDX成功の前提条件である。この点に関連し、2つのキーワードを紹介したい。

 一つは、ジョブズ・トゥー・ビー・ダン(JTBD)である。JTBDは、米ハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が指摘した考え方である。顧客は何を解決したいのかという視点を考えることなしに、革新的な価値の提案、もしくはデータ活用はできないという指摘である。ベストセラーになった「ジョブ理論」や「JTBD 顧客のニーズを見極めよ」はその一例である。「ある手段はある目的(解くべき課題)を解決するためにある」ことを理解し、DXを展開するには必読の文献といえるだろう。

◇◇

 もう一つのキーワードは「価値要素」である。顧客の解くべき課題の重要性がわかっても、それにはどんなものがあるのかを整理しておくことなしに目的志向の発想は難しい。エリック・アルムキストらの「顧客がほしいと思う30の『価値要素』」は一例である。関連性を掘り下げていくラダリングという手法をもとに価値要素を30に整理し、業界ごとの特徴を示している。「簡素化」「コスト削減」「労力の軽減」など効率化に関連するものもあるが、それらは価値要素の一部でしかない。効率性関連以外の価値要素を踏まえてどうやってDXを展開するかといった視点は、有効なヒントを提供するだろう。

 最後にもう一つDXと切っても切り離せない「データ活用」についても言及しておこう。データ分析への過度な期待と誤った視点はDXを失敗に導く原因になりかねない。データとは特別なものではなく、過去を数値などで記録した歴史にすぎない。この数値としての歴史から有用な知見を得ようというのがデータ活用であるが、数学的な手法を使うがために、何か唯一の答えを導き出す道具として期待している機運には、懸念を抱かざるを得ない。

 過去のビジネス事例に学ぶケーススタディーでは、唯一の答えではなく、多様な可能性とそれが正しいと考えられる根拠をストーリーとして考える。データ活用も同じである。データに答えではなく、ヒントを求めるという姿勢なしには、データから新たな価値提案する視点は得られない。

 デジタルというあくまで「コト」を電子的に記録したにすぎないものを活用するには、ビジネスパーソンのみが持つ嗅覚の活用が必須である。そのためにも、自分が提供してきた価値がなんであったのかを再考することが、DX成功でも重要となる。

<ポイント>
○DXで何をするかが不明確な企業が多い
○業務の効率化だけがDXの目的ではない
○データに答えを求めずあくまでヒントに


トラックバック

トラックバックURI:

コメント

名前: 

ホームページ:

コメント:

画像認証: