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【大機小機】菅首相とハードランディング
日本経済新聞 朝刊 マーケット総合2(23ページ)
2020/9/30 2:00
菅義偉首相が先の自民党総裁選で「地銀の再編も選択肢のひとつ」と発言した波紋はなお広がっている。27日は全国地方銀行協会の大矢恭好会長(横浜銀行頭取)が、28日には金融庁の氷見野良三長官が首相動静に登場した。
首相の再編論は、さかのぼれば22年前の総裁選につきあたる。金融不安のさなか、本命の小渕恵三氏に対抗し、同じ派閥から出馬したのが梶山静六氏だった。
梶山氏は不良債権処理と金融システム安定化に関する政策提言を次々に発表し「大銀行は2つか3つでよい」と唱えるハードランディング(強行着陸)論者だった。まだ衆院当選1回だった首相が「まったくその通りだ」と思い、梶山氏とともに小渕派を離脱したのは、最近になってよく知られるようになった。
当時、公式には発言しなかったが、梶山氏の再編論は上位銀行同士、上位の都銀と証券会社を合併させようとの構想だった。財閥、業態にとらわれず、世界で戦える金融機関をつくるには「この方法しかない」というのだ。
「天下の暴論だ」と梶山氏の主張への非難も多かったが、数だけみれば現在、メガバンクは3つ。首相も「先見の明があった」と漏らす。
時代は移ろい、金融機関を取り巻く環境は内外ともに変わった。菅首相の唱える地銀再編論の目的は総裁選の公約に掲げた通りに「活力ある地方」の実現にある。
「再編ありき」で進めても、メリットのある時代ではなくなった。ふるさと納税、インバウンド振興、外国人労働者の増加など、首相がこれまでに進めてきた政策には、地方経済を底上げする趣旨のものが多い。
首相がなにより嫌うのが、あしき前例踏襲だ。これまでの慣行に安住し、努力を怠る組織や官僚には厳しい。一方で「頑張ったものには報いたい」との哲学もある。地方の金融機関は「名士」であることに安住し、衰退を嘆くだけでなく、創意工夫せよとのメッセージでもある。
梶山氏の口癖は「ダメ+(たす)ダメは、ダメの2乗になる」だった。経営内容の悪い金融機関同士を合併させると、負の効果は何倍にもなる、救済どころか共倒れになるだけというものだった。平成も令和も、ハードランディング論の本質は「再編ありき」ではない。
(弦楽)