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【経済教室】アベノミクスの総括(上)
デフレ脱却と経済好転 成果
伊藤隆敏・コロンビア大学教授
日本経済新聞 朝刊
2020/9/28 2:00
アベノミクスの第1の矢は「大胆な金融政策」で、デフレからの脱却が最重要課題に位置付けられた。そのために13年に2%のインフレ目標政策を日銀と政府の合意文書という形でまとめ、インフレ目標政策に理解のある黒田東彦氏を日銀総裁に指名した。黒田総裁は、13年4月に市場が期待する以上の量的・質的緩和(QQE)政策を発表し、円安・株高が進行した。その後、14年10月には資産購入額を増やした。円安・株高はさらに進行した。
16年1月にはマイナス金利政策を導入したが、長期金利がマイナス圏にまで低下し、金融機関の利ざやを大きく低下させた。金融機関からの批判も出るなか、16年9月にはイールドカーブ・コントロール(YCC=長短金利操作)を導入し、長期金利の水準をほぼ0%に安定化させることとした。日銀は量的緩和(国債購入)自体は操作目標から外して、イールドカーブ全体の水準を目標とするように転換したことになる。
同時に黒田総裁は、2%達成後もすぐに引き締めに転じるわけではないとして、しばらくの間は2%を超えることを許容するという「オーバーシュート型コミットメント」を導入した。
日銀が導入した政策は先進的な内容を含んでいる。オーバーシュート型コミットメントは日銀に遅れること4年、20年8月になり、米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が、米国でも導入すると宣言した。
しかしながら、安倍政権の下ではインフレ目標の2%は達成できなかった。目標未達の原因は、インフレ率を上回る賃金上昇が起きなかったため、消費が大きく伸びず物価上昇が起きなかったことだ。また政府・日銀が2%目標を掲げても、インフレ予想が上がらなかった。第1の矢は成功ではあるが、2%目標未達という一点の曇りが残る。
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第2の矢は「機動的な財政政策」だ。安倍政権は発足と同時に、12年度の大型補正予算(13.1兆円)を組んだ。デフレ脱却のための強力な財政刺激となった。13年度は財政刺激とQQEにより、成長、インフレ、雇用が急激に改善した。そこで14年4月に、予定通り消費税率が5%から8%に引き上げられた。
この影響で14年の第2四半期がマイナス成長となったのは、多くの経済学者にとっては想定内だったが、第3四半期以降の消費が増税前の成長軌道に戻らなかったのは想定外だった。10%への税率引き上げは2回にわたり延期され、19年10月に軽減税率を導入したうえでようやく実現した。
消費税率を2回引き上げたことは、長期的な財政の健全性にとって大きな成果だ。一方で財政赤字の縮小が順調に進んでいるわけではない。20年度は新型コロナ対応で大きな補正予算を組むことになり、第2次補正まで含めて新規国債発行額は約90兆円と前年度比で約2.5倍となった。リーマン・ショック後の09年度の新規国債発行額(約52兆円)も大きく上回る。
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第3の矢は成長戦略だ。規制緩和、資本市場の活性化、インフラ整備、自由貿易協定(FTA)の締結などにより民間投資が活発になり、生産性が向上する結果、潜在成長率が上昇する。簡単に成功例を列挙する。
安倍政権では、FTAや経済連携協定(EPA)を巡り重要な決断がなされてきた。政権発足から2カ月足らずで、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に参加することを決断した。その後TPPは合意したものの、トランプ米大統領が就任直後に撤回を決め、いったんは宙に浮く。それでも日本がリーダーシップをとり、残りの11カ国でTPP11(CPTTP)を発効させた。18年には欧州連合(EU)とのEPAを成立させ、19年2月に発効した。
外国からの観光客の誘致も成功した。13年には外国からの訪日客は約1千万人だったが、15年には約2千万人となり、18年には3千万人を上回った。成功の理由は、アジア諸国からの訪問客への査証(ビザ)要件の大幅緩和と、羽田空港の再国際化により成田空港への格安航空会社(LCC)の就航が相次いだことだ。
女性の就業率を引き上げるウーマノミクスも成功例だ。20年までに子育ての年齢層で就業率が落ちるM字カーブはほぼ消えた。
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以上、駆け足で3本の矢を評価してきた。第1の矢と第2の矢はおおむね成功し、第3の矢は成功とはいい難いというのが結論だ。安倍政権は終了したが、アベノミクスの重要性が終わるわけではない。
<ポイント>
○第1の矢は成功だが2%物価目標は未達
○コロナ対応で金融と財政の協力体制構築
○TPP11発効や訪日客誘致などでは成功
いとう・たかとし 50年生まれ。ハーバード大博士。専門は国際金融。兼政策研究大学院大特別教授