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【核心】スガノミクス成功の条件
論説委員長 藤井彰夫
日本経済新聞 朝刊
2020/9/28 2:00
「民間人が政策会議などでトスをあげる。それを受けた菅さんが強烈なスパイクを政策として打ち込む」。第99代首相に就任した菅義偉氏をよく知る竹中平蔵・東洋大教授(元経済財政相)は、新首相の政策手法をバレーボールになぞらえてこう表現する。
ふるさと納税の創設、インバウンド推進に向けたビザ規制緩和、ダムの一括運用による洪水対策――。自民党総裁選で菅氏が功績として誇ったのは「個別政策」が多い。
政権発足の当日、行政改革・規制改革担当相に任命した河野太郎氏に、国民から意見を聞く「縦割り110番」の創設を指示。「携帯電話料金引き下げ」「不妊治療の保険適用」などで担当大臣に発破をかけ、スパイクを放つ構えだ。幅広く業界や国民の話を聞き「おかしい」と思ったことは、役所の抵抗を排してただすのが「菅流」だという。
竹中氏は「菅さんのスパイクは強烈だ。だがスパイクなので改革は点になりがち。これを面にしていく政策が今後必要になる」とみる。
首相就任直後の4連休中も村井純・慶応大教授、新浪剛史サントリーホールディングス社長、熊谷亮丸・大和総研チーフエコノミストら民間有識者を呼んで意見を聞いた。ある出席者によると、首相は自分の意見はほとんど言わず、話を聞く姿勢に徹していたという。
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首相と面会した大和総研の熊谷氏は「安倍政権にとって経済は安全保障など政策目標を実現するための手段だった。菅政権は構造改革による経済再生自体を目標にするのではないか」と期待を寄せる。
長年、日本の首相を観察してきた政治学者ジェラルド・カーティス米コロンビア大名誉教授は最近の講演で「菅首相のアプローチは、小泉純一郎元首相に近い」との見立てを示した。
確かに、小泉氏の掲げたキャッチフレーズ「自民党をぶっ壊す」と、菅氏の「省庁縦割りをぶち壊す」は、既得権益や既成秩序にメスを入れるという意味で重なり合う。
「消費税率は在任中上げない」と退路を断ち、歳出のムダを省く改革を優先した小泉氏。「消費税率は10年は上げない」と明言し「まず行政改革を推進する」という菅氏の消費税へのスタンスもそれに似通う。
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構造改革の断行には強い逆風も吹く。コロナ禍が今後もたらす経済ショックの第2波だ。昨年末に2.2%だった完全失業率は7月には2.9%に上昇した。水準自体はまだ低いとはいえ「失業予備軍」といえる休業者は約220万人いる。バークレイズ証券は、休業者を加えた潜在失業率は7月は5.9%に達したとはじく。
世界では欧米を中心に新型コロナの感染が再拡大し、今冬に向けて世界経済は再び下降する懸念がぬぐえない。
ある金融当局者は、年末にかけてのリスクは自動車、飲食業、観光業の3つだと指摘する。産業の裾野の広い自動車は世界の需要が急減し、部品、素材など関連する中堅・中小企業の経営悪化が懸念される。飲食業、観光業も給付金や信用保証協会の融資などで資金繰りをつないでいるが、需要がコロナ禍の前に戻る見通しはたたない。
菅首相も「まずコロナ対策に全力を挙げる」としているが、そのやり方が重要だ。
企業に公的資金を流し、過剰になった雇用を維持する政策を続ければ、多額の過剰債務とゾンビ企業を生みかねない。そこに張り付く労働者のスキルアップにもつながらず、生産性も上がらない。
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企業再生に長年関わってきた経営共創基盤の冨山和彦・最高経営責任者は「少子高齢化、人口減少が進むなかで、労働の質をどう高めるかが最大の課題」と指摘。企業を救うのではなく、人を助ける対策が必要と訴える。
産業の新陳代謝を進めるには企業の退出支援とともに、労働者がより付加価値の高い産業に移れるような「人への投資」が必要になる。デジタル化対応の職業訓練や、より柔軟な雇用市場への改革だ。
コロナ対策を企業・雇用の固定化につながる企業延命策にするのではなく、成長力を高める構造改革につなげる。それは経済産業省、金融庁、厚生労働省、国土交通省など関係省庁の縦割りを打ち破って進める改革になる。