?????
【Asiaを読む】
「インド太平洋」 中国が追い風に
米ランド研究所上級防衛アナリスト デレク・グロスマン氏
日本経済新聞 朝刊
2020/9/26 2:00
米国のトランプ政権のインド太平洋戦略は、中国に威圧されない「自由で開かれた」地域を維持するという目標の達成に向け、追い風を受けているようにみえる。皮肉なことに追い風となっているのは中国の動きだ。
中国は(同じ中華圏の)台湾のほか、東シナ海・南シナ海、インドとの国境紛争などを巡り領土的な野心を強めている。結果としてインド太平洋地域の内外で、中国の強引な姿勢は歓迎されないという、かつてないほどの合意が得られつつある。懸念を深める国々は、中国の脅威に対抗しようと、米国などとの安全保障関係を強化した。
例えば戦略対話の枠組みを持つ日本と米国、オーストラリア、インドはどうだろうか。4カ国は、ルールに基づく国際秩序と行動規範を維持することの重要性を確認し、安保面での協力を強めているといえる。
オーストラリアは7月、中国を念頭に、新たな対艦ミサイルの導入などの防衛戦略を発表した。中国はインドとの国境について、閣僚級会談で双方が早期に撤退する方針を確認したが、(域内の別の問題での軟化姿勢も)後の祭りとなったかたちだ。日本は2020年版の防衛白書で「現状変更の試みを執拗に継続している」と中国を批判している。
南シナ海などを巡る中国の高圧的な行動を受け、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国でも米国の評価が高まっている。ベトナムは、米国の安保上のパートナーとしての存在感を増しており、20年のASEAN議長国でもある。ベトナムは19年11月、(米国を想定した)他国と必要で適切な軍事協力を発展させる可能性を示唆した。
フィリピンは6月、米国と距離を置いているようにみえたドゥテルテ大統領が通告した「訪問軍地位協定(VFA)」の破棄を、保留すると明らかにした。VFAは両国間の軍事同盟に実効性を持たせる重要な協定で、合同軍事演習などを可能にするものだ。
マレーシアは7月、南シナ海で海洋進出を進める中国の領有権主張を「国際法上、根拠がない」と否定する書簡を国連に送った。(南シナ海の領有権を直接主張していない)インドネシアも同月、南シナ海の南の海域で軍事演習を実施した。中国の影響力をけん制する狙いがあるとみられる。
ASEAN以外の国・地域では、台湾があらゆる面で中国からの強まる一方の圧力に直面している。中国の動きが、米台関係の改善に大きく寄与したことになる。インド太平洋の域外でも、英国とフランスは、海軍の艦船を中国の近海に派遣した実績がある。欧米の国々は、中国による香港の自治侵害に懸念を示す。
もっとも、地域のすべての国が米国のインド太平洋戦略を支持しているわけではない。カンボジアやラオス、ミャンマーなどからの支持はあまり期待できないだろう。シンガポールのリー・シェンロン首相は7月、米中関係の安定がアジアの繁栄の礎になると、対立沈静化に期待を寄せた。
また、米国を支持しているようにみえる多くの国々が、全面的に中国よりも米国を選ぶとは限らない。ASEANの大半の国は、米中どちらかと敵対するのを避けるため、逃げ道をつくっておく公算が大きい。
ただ中国が強引にもみえる影響力の拡大姿勢を変えなければ、関係国はいずれ、より積極的に米国を支持するようになるかもしれないということでもある。中国がインド太平洋地域で頼りにできるのは、北朝鮮やパキスタンのような国だけになってしまうだろう。
関連英文はNikkei Asian Reviewサイト(https://asia.nikkei.com)に
Derek Grossman 米国家安全保障局(NSA)や国防情報局(DIA)などでの勤務を経て、現職。主な研究分野は、中国のアジア各国との外交関係。