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【Deep Insight】大統領選が問う「良い株高」
日本経済新聞 朝刊
2020/9/22 2:00
最終コーナーに入った米大統領選で、見逃せない論戦が起きている。「株高は良いのか」だ。
再選を狙う共和党のトランプ大統領は「良い」との立場だ。2016年にトランプ氏が大統領選を制して以降、ダウ工業株30種平均は約50%上昇。今年コロナ危機で急落した分もほぼ取り戻した。
「株は誰もが持っており、株で運用する年金も価値が高まった。株価の回復で、コロナの前より資産が増えた人もいる」。15日にはこう訴えた。
米国は半分の世帯が株や株式投資信託を持つ「株の国」だ。株高で人々が潤えば、国内総生産(GDP)の70%を占める消費が増え、景気を盛り上げる。歴代の大統領は好循環を維持するために、株式市場に神経を使ってきた。
トランプ氏は、その路線を露骨に推し進めた。米連邦準備理事会(FRB)に金融緩和を迫り続けたのも株高を狙ってのこと。選挙戦では株の売却益に対する税率の引き下げも表明した。
民主党の挑戦者、バイデン氏は「悪い面もある」と主張する。
「株主の利益を増やし、株価に連動する最高経営責任者(CEO)のボーナスを増やすために賃金が安い海外に工場を移す大企業には課税する」。9日、株高を追うあまり国内の雇用を犠牲にする企業への制裁を約束した。当選後の「トランプ相場」を演出した法人減税の一部撤回も掲げている。
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世論調査ではそんなバイデン氏が優勢だ。それなのに株式市場は動揺していない。
2つの理由が考えられる。一つはトランプ氏が劣勢を逆転して再選されるとみているから。もう一つは市場が、「株主以外にも報いてこそ、企業が持続的に成長できる」と見始めているからだ。
株のいびつな分布と株高は、格差という米国の暗部をさらにえぐった。米ギャラップの今年3〜4月の世論調査によると、年収10万ドル(1000万円強)以上の人の84%が株を持つのに対し、4万ドル未満は22%しか保有していない。人種別に見ると、白人の64%に対して黒人は42%、ヒスパニックは28%しか持っていない。
このような偏在を放置したまま株高が続くと、持てる人はもっと豊かになり、持たざる人との差は開く一方になる。米証券会社のゴールドマン・サックスによると、家計が持つ株のうち上位1%の超富裕層が占める割合は、1990年の46%から昨年の56%に上昇した。上位10%の富裕層だと全体の89%を占める偏りぶりだ。
株高の恩恵を受けない「その他大勢」の不満はくすぶり、今年になって爆発した。大量の低所得者が医療を受けられずにコロナの犠牲になり、警官による黒人の殺害は大規模デモの引き金を引いた。
不満の矛先は、株主ばかりを大事にする企業にも向かってきた。11年に株の街・ウォール街を占拠した大規模デモのスローガンは「我々は99%」。社会を敵に回しては生き残れないと悟った企業は、経営の軸足を目先の株高から環境や社会などの「ESG」に移し、機関投資家も株主として企業の変化を支持し始めた。
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2人の差は、資本主義に対する考え方の違いでもある。「株高こそ」という伝統的な米国型資本主義のトランプ氏と、「株高は万能ではない」と資本主義の新たな姿を目指すバイデン氏。肝心の株式市場はどう受け止めているのか。
両候補の「株価指数」を作ってみた。欧州の金融機関UBSは、それぞれが勝った際に恩恵を受ける銘柄を抽出している。これらの株価を合成し、バイデン氏が民主党の候補に固まった4月からの推移を検証しよう。
「バイデン指数」の値動きが「トランプ指数」を上回るのは、バイデン氏の勝ちを織り込んでいるから。2つの指数の推移は、資本主義の改革が避けられないと訴えているかのようだ。
バイデン指数の上昇をけん引したのは3つのカテゴリーだった。
まず医療関連。分析機器大手の米サーモフィッシャーサイエンティフィックは一時約50%上昇した。バイデン氏による医療研究への予算配分を先取りした。次に環境関連。約80%上昇したアルベマールは電気自動車向け電池の原料、リチウムの最大手で、グリーン政策が追い風だ。そして摩擦の緩和関連。中国に生産や販売を依存しているアップルが2倍以上になった一因には、米中の緊張が緩和する期待があるとも読める。
「人や環境に優しく、グローバル化の後退に歯止めをかける」。これが、市場が期待する「バイデン大統領」の政策といえる。
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トランプ氏への支持は7月以降上がっている。再選を果たしたら、弱者への配慮が欠かせない。中西部のラストベルト(さびた工業地帯)の不満をすくい上げて大統領になったものの、株高が助長した格差でその印象は薄まった。
トランプ氏自身の政策「オポチュニティーゾーン」は突破口になりえる。税制を優遇して投資マネーを9000もの低所得地域の開発に誘導する地方創生策で、520億ドルの投資が50万人の雇用を生んだという。資本主義の力を生かし、社会や経済の安定につながる施策は世界の注目を集めた。
両候補が対峙するテレビ討論会が29日から始まる。株高が招いた米国の分断は焦点の一つになるだろう。コロナ禍で人々は苦しみ、世界中が「資本主義はどうあるべきか」を模索している。総本山での論争は人ごとではない。