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【Deep Insight】
セブン、日米逆転後の宿題
日本経済新聞 朝刊
2020/9/12 2:00
「おれの車は、相棒と部品から組み立てた69年型のシボレー/いま、セブン・イレブン・ストアの駐車場に止めてある」。米ロック歌手の大物、ブルース・スプリングスティーン氏が1978年に発表したアルバムに収録された「レーシング・イン・ザ・ストリート」は、こんな歌い出しで始まる。
日本でセブンイレブンの1号店がオープンしてから4年後のことだ。平均的な米国人は、この歌を聴いてうらぶれた風景を思い浮かべるという。都市部や郊外にあるセブンイレブンで買い物するのは、決して年収の高いビジネスマンたちではない。
あれから40年余り。セブンイレブンの姿は大きく変容した。日本での店舗数は2万店を超え、世界全体では7万店に達する。そして米石油精製会社マラソン・ペトロリアムのコンビニエンスストア併設型ガソリン部門「スピードウェイ」の買収を決めた。買収額は2.2兆円。米セブンイレブンと合計すると約1万3千店となり、業界2位に2倍以上の差をつけた断トツとなる。
セブン&アイ・ホールディングスの井阪隆一社長は「真のグローバルリテーラーになる」と強調する。条件は何かと聞くと「ガバナンス強化のうえでリスクをとり、結果を出すこと」と言い切る。同社のグローバル戦略を振り返ると、今後の課題も見えてくる。
日本のセブンイレブンは店舗が商品を発注し、届ける仕組みでニーズに応じた品ぞろえを可能にした。ところが当時の米セブンイレブンは本部がまとめて仕入れ、店舗に分配する硬直的なやり方だった。鈴木氏は日本流を「輸出」し、米国セブンイレブンを再建する。コンビニの世界だけは名実ともに日米逆転を果たしたのだ。
この流れを見ると、セブンイレブンがグローバルリテーラーになるとの宣言はあながち大言壮語には聞こえない。だが、ここから先は様々な壁が立ちはだかる。
日本では出店拡大で成長が実現できた。だが米国ではM&A(合併・買収)を続けるしか、新店舗を確保できないのだ。過去14年間で今回のスピードウェイをのぞき42件のM&Aを実施し、3362店増やした。ちなみに日本で同じ期間で1万店近く増やしていることを考えると、手間のかかるビジネスであることが分かる。
セブンイレブンの米国のシェアはようやく10%近くで、これからも同じ手法での拡大策になる。現地の流通ジャーナリストの鈴木敏仁氏は「近年は上位企業の寡占化が進んでいるが、米国には日本と違い、独自のモデルで経営するコンビニがひしめいている。一筋縄ではいかないのが米国のコンビニ」と指摘する。電気自動車が普及しガソリンスタンドが負の遺産になる可能性もあり、未来の成長の保証もないわけだ。
デジタル戦略の遅れも悩ましい。「コンビニはネット販売の商品の受け取りと供給拠点として注目が集まっている」(鈴木氏)。そうなると、いよいよアマゾンが乗り込んでくる可能性が高い。セブンイレブンはオムニチャネル政策で失敗するなど、デジタル対応は進んでいない。かつて日本を恐れ、アマゾンと戦っているウォルマートはまさにこの点を克服し、日本でも西友の再上場を目指す。小売り全体ではネットの遅れで米国に差を付けられてしまった。
セブンは確かに世界中に看板を掲げている。しかし世界に何をもたらしたいのかという理念が見えてこない。グローバル企業に詳しい早稲田大学大学院の入山章栄教授は「30年先のビジョンを示し、末端に示すこと。日本企業はここが弱い」と指摘する。「今回の買収でそういう意識は今後醸成したい」と井阪社長も認める。
グローバル戦略はただの投資ゲームでない。世界の人々のライフスタイルに欠かせないブランドとして想起されるようになることだ。アマゾン、イケア、ユニクロ……。世界化したブランドは経営陣のガバナンス力を超えた情熱に根ざす。かつての米国のセブンのようにうらぶれた存在になってしまわぬように、日本企業は明確なビジョンを示す必要がある。