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自民総裁選、電光石火の菅氏優勢
本命交代の舞台裏 異例の無派閥、力学に変化
日本経済新聞 朝刊 1面(1ページ)
2020/9/5 2:00
「無派閥で総裁選に出るところまでいけるとはなあ」。8月31日、衆院議員会館の自室。菅氏は自身を推す無派閥議員たちに出馬の意向を伝えた後、こう語った。菅氏は2009年に古賀派を退会してからは無派閥を通してきた。
1996年初当選の菅氏は小選挙区制度の1期生になる。かつて自民党の派閥(総合2面きょうのことば)はトップを総裁にするための集団で、所属する議員の「数」が決定的だった。
●「派閥が割れる」
安倍晋三首相や麻生太郎副総理が一貫して「本命」としてきた岸田氏は新型コロナウイルス対策立案などで指導力を発揮できない。6月ごろには首相と麻生氏に「岸田氏では石破茂元幹事長に勝てない」との迷いが生じた。
首相の出身派閥である細田派幹部からも「首相がこれ以上、岸田氏に肩入れすると派閥が割れかねません」との声が伝わる。派閥がまとまらなければ最大派閥の「数」を背景に影響力を保つ首相の目算は狂う。第2派閥を率いる麻生氏も同じ。最長政権のツートップでさえも、党内の空気を読まなければならないのが、小選挙区時代だ。
「最近、河野さんはどうですか」。8月に入ると、首相は麻生氏らに会うたびに探りを入れた。麻生氏の答えは変わらない。「しっかりした首相をめざすにはまだまだ経験が必要ですな」。今なら麻生氏は河野氏の出馬を抑え、菅氏を支持する――。そう確信した首相は「菅後継」を念頭に辞任表明に臨んだ。
その空気の変化を二階俊博幹事長は察した。首相や麻生氏らと会合を重ねるうち、岸田氏を語る場面が減り、菅氏を話題にする機会が増えたと感じ取った。
「勝ち馬は菅氏」と読んだ二階氏は首相が辞任を表明した8月28日には派閥幹部会で一任を取り付け、いち早く菅氏を支持する意向を伝えた。
●22年前の教訓
こうした動きをみながら「政治の空白は許されない」と心を決めた菅氏はスピードを重視した。そこには22年前の原体験があった。
1998年、梶山静六氏が小渕派を離脱して総裁選に出馬すると、菅氏は当選1回の新人議員ながら共に派閥を飛び出した。結果は党内の予想を覆す100票以上をとっての2位。あと1日でも、2日でも早ければ勝てた、との悔いは当時からの思いだった。
首相が辞任を表明した翌日の8月29日土曜日午後。菅氏は二階氏の側近である林幹雄幹事長代理に電話した。「幹事長にお会いしたい」
夜、菅氏と二階、林両氏と森山裕国会対策委員長は東京・赤坂の衆院議員宿舎の一室で会談し、方針は一致した。首相、麻生氏、二階氏。現政権の首脳が菅氏を推す構図が固まると、党内7派のうち5派閥の支持に膨れ上がるまで、わずか数日だった。
細田派、麻生派、竹下派のトップがそろった2日の記者会見。「一緒にやろう」と同席を求めた二階派を、3派は拒んだ。
「先にパフォーマンスに走ったのは二階派だ」と、細田派など3派の不満は強い。どのグループが勝利の原動力になったのかの評価は、今後のポストに直結するからだ。
1955年に結党した自民党史上、初めて無派閥の候補が優勢なまま総裁選は14日に結果が出る。新首相の政権運営がつまづき、来年10月までに実施しなければならない衆院解散・総選挙に不利とみればあっという間に党内各派は「次の勝ち馬」探しに動き総裁から離れていく。新政権は人事、政策課題を着実にこなし求心力を保つ以外にない。