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春秋
日本経済新聞 朝刊 1面(1ページ)
2020/8/26 2:00
インド女性のスミタは人の家の排せつ物を集めてまわり生計を立てる「不可触民」だ。イタリアに暮らすジュリアは代々続く毛髪加工の家業を手伝っている。カナダのサラは子育て中のエリート弁護士。3年前フランスでヒットした小説「三つ編み」の登場人物である。
▼一見なんの接点もない3人を結びつけるのが「髪」だ。幼い娘のために立ち上がったスミタは自分の髪を神にささげる。その髪が海をわたり他国の女性の人生をささえるのだ。彼女たちの自立に髪が大事な役割を果たすのは、それが単なるモノにとどまらず「女性としての尊厳や女性性の象徴」であるからだと訳者は記す。
▼はからずも髪はインド洋の島国モーリシャスで起きた重油流出事故でも注目された。細長い袋につめて重油を吸わせる作戦だ。美しい海をとり戻そうと進んで髪を切り寄付する住民らの姿も報道された。マングローブ林が入り組む海岸での作業は人手が頼りといい、神にもすがる思いで髪を差し出したのではないだろうか。
▼地面や海面にもれた原油などの有効な回収の方法を研究するシドニー工科大学のチームによれば、髪は重量の3〜9倍もの油を吸収できるという。涙がしみこんだスミタの髪のように、袋づめした髪は黒光りする油をたっぷり吸ってふくらんだ。なるほど、髪は単なるモノにあらず。人が汚した自然をすくう救世主だった。