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2020.8.26-4(2)

2020年08月25日 (火) 21:23
2020.8.26-

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【Deep Insight】脅威はコロナで増幅する
日本経済新聞 朝刊 オピニオン(7ページ)
2020/8/25 2:00

  「(名望家は)民衆から距離を置き、近郊にある自分の避暑地に引きこもった。8月にもかかわらず、風邪をひくこと(感染)を恐れ、毛皮をまとい、部屋に閉じこもって入り口には鍵をかけた」

 新型コロナウイルスの感染拡大が強いる「ステイホーム」ではない。シリア第2の都市アレッポの1890年の光景だ。130年前の夏、アレッポはコレラの流行とバッタの大発生に襲われた。

 オスマン帝国末期に内相を務めたジャーナリスト、アリ・ケマルが当時、帝国の版図の下にあったアレッポで目撃した記録である。シリアやレバノンの歴史に詳しい東京外国語大学の黒木英充教授が教えてくれた。

 黒木教授によると、アレッポでは18世紀以降、少なくともペスト25回、コレラ4回、天然痘2回の流行があり、4回のバッタの大発生にみまわれた。

◇◇

 国連のグテレス事務総長が提唱した、コロナ危機の下で世界中の紛争当事者に停戦を呼びかける決議が採択されるまでに安保理は3カ月を要した。決議に世界保健機関(WHO)の役割を盛り込むかどうかをめぐり、米国と中国が対立したためだ。
 「新型コロナは瞬く間に国境を越え、経済、産業、安全保障にインパクトを与える感染症の恐ろしさを知らしめた。同時に感染症対応には国家間対立や国際社会のパワーバランスが投影されることを示した」。感染症と国際政治の歴史に詳しい東京都立大学の詫摩佳代教授は言う。

 詫摩教授によれば、米国が第2次世界大戦後、WHOの設立・運営で主導的役割を果たしてきたのは、保健や食糧などの機能的協力の積み重ねがリベラルな国際秩序の基盤になると期待したからだ。

 米国のWHOからの脱退により、「戦後のグローバルヘルスで米国が果たしてきたリーダーシップは望めなくなる。米国の不在を突いて中国が影響力を拡大しようとしても米国の役割を肩代わりするには心もとない」と指摘する。

 新型コロナが猛威を振るう今年、バッタの大発生が重なった。もとは18年にアラビア半島南部で発生したサバクトビバッタが海を渡り、世代交代を繰り返しながら20カ国以上に広がり続けている。

 1平方キロメートルの群れは1日で3万5000人分の食糧を食べ尽くす。農作物を食い荒らしながら、1日で100キロメートル以上、移動する。ケニアは過去70年で最悪の事態になった。パキスタンは非常事態を宣言した。群れはインドにも進入し、6月末にはニューデリー郊外に迫った。中央アジアや南米でも別の群れが発生した。

 国連食糧農業機関(FAO)は東アフリカだけで2000万人が食糧危機にさらされると警告する。その間も内戦下のシリアやイエメンなどでは戦闘が続き、混乱に巣くうイスラム過激派が国を越えてつながる。

 国際協力銀行は7月、他の銀行団とともに、アフリカ南東部のモザンビークで三井物産や日本の政府系機関が参加する液化天然ガス(LNG)プロジェクトに対し、総額144億ドル(1兆5300億円)の巨額融資を決めた。

 だが、開発現場近くでは過激派組織「イスラム国」(IS)系の集団が活動を活発化、8月には拠点の港湾都市を制圧した。多数の住民が家を追われ、開発現場では新型コロナの感染も起きた。ここからエネルギーを輸入する日本にとって遠い異国の話ではない。

 感染症、紛争、自然の異変。途上国を襲う幾重もの脅威は社会基盤や医療体制を破壊し、増幅しながら国境を越える。経済を傷め、テロの拡散や難民の増大は世界規模のリスクとなる。

 グローバル時代の複合危機には包括的な対処が要る。しかし、私たちが今日、目にしているのは米国や中国、ロシアなど協調に背を向ける大国と、結束の軸を見失い立ちすくむ国際社会の姿だ。

 アリ・ケマルの話には続きがある。ケマルは第1次世界大戦後、オスマン帝国から新生トルコ共和国への移行の混乱のなかで群衆によって殺される。英BBCによれば、英国系の妻との間に英国で生まれた息子は、トルコ風の名を捨てジョンソンを名乗った。彼の孫の名前はボリス。自分も新型コロナに感染し、国民にステイホームを訴えた英国の現首相である。

 陽性がわかったジョンソン首相は3月末、国民に向けたメッセージで、「コロナ危機で明らかになったことを1つ挙げるなら、社会なるものが確かに存在しているということだと思う」と語った。

 社会とは人と人との結びつきを指し、その集合体が国家と国際社会だとすれば、コロナ危機が問うているのは、社会が持つ共助の力を再認識し、取り戻すことではないか。それがアフターコロナの国際秩序の出発点になる。


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