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【一目均衡】「帳簿の世界史」の新局面
編集委員 小平龍四郎
日本経済新聞 朝刊
2020/8/25 2:00
米アップルの時価総額が2兆ドルを突破した。日経電子版拙稿「アップル、時価総額2兆ドルの隠し味」(8月10日)で指摘したように、好調な企業業績だけでなく、野心的な脱炭素目標がESG(環境・社会・統治)マネーをひきつけている、というのが筆者の見立てだ。
ESGの取り組みがブランド価値を高め市場価値の向上につながる道筋を、アップル株の上昇は示している。ビジネスの社会的影響を重層的に分析すべき時代だ。
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企業の情報開示も変わる。コモンズ投信の渋沢健会長は、米ハーバード・ビジネス・スクールで研究が始まった「インパクト会計」(Impact−Weighted Accounts)に注目する。著名インパクト投資家のロナルド・コーエン氏や、ESG研究の泰斗ジョージ・セラフェイム教授らが主導しており、企業が社会に与える様々なインパクトを定量化し、比較可能なかたちで表現する方法を考える。
コーエン氏の英紙への寄稿によれば、すでにハーバードは世界1800社余りの気候インパクトを測定しており、2021年には雇用や製品が社会にもたらす影響も計算する。実現すれば「企業評価において、1930年代以来で最大の変革となる」。
米国で一般に公正妥当と認められた会計原則、すなわちUSGAAPが確立したのは、株価暴落をきっかけにした30年代の世界大恐慌を経てのこと。その経緯は「帳簿の世界史」(ジェイコブ・ソール著)に詳しい。大恐慌以来ともされるコロナ不況も、企業評価の新しい枠組みづくりを促している。
たかが帳簿と軽く見ることなかれ。財務諸表の表示は企業のお金の使い方や、国の経済力に影響を与える。
バブル崩壊後の日本企業は人への投資の抑制、すなわち人件費の節約によって収益力の回復をはかった。それが損益計算書のなかで最大の費用項目の一つだったからだ。91年を100とした日本企業の賃金は約30年たってもほとんど増えていない。米国は同期間に約1.4倍だ。
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「人的資産に積極的に投資しなかった日本は知識が価値を生む経済に適合できず、潜在成長率の低下を招いた」。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストの指摘は、人件費を利益との相殺でしか捉えられない古い会計観を言い当ててもいる。
社会的インパクトなど見えない価値の表示には、確かさの保証も必要だ。社会監査(ソーシャル・オーディット)と呼ばれる分野だ。
ESGの普及・啓発をする鎌倉サステナビリティ研究所の主宰者、青沼愛さんは社会監査に携わる数少ない日本人。最近は欧米投資家から委託され、日本企業の製造の現場を調べる機会が増えた。「外国人労働者の待遇などに問題意識を持っているようだ」という。在庫や資金の帳尻などが合っているだけでは、適正意見はおぼつかない。
測定、表示、監査。いずれの面でも「帳簿の世界史」は新局面を迎えている。
◎USGAAP
米国会計基準(べいこくかいけいきじゅん)とは、アメリカ合衆国の財務会計に使用される規則集であり、米国版の「Generally Accepted Accounting Principles」(一般に認められた会計原則)である。略してUS-GAAPや単にGAAP(ギャープ、ギァープ、ガープ)と表記されたり呼ばれることが多い[1] (日本の企業会計原則は、JA-GAAPと略称されることもある[2])。米国の証券市場に上場するには必ず米国会計基準に準拠した財務諸表を作成・公表しなければならず、これに関わる米国公認会計士(US-CPA)や企業経営者、会計責任者はこの法令違反によって刑事や民事の責任を問われることがある。