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【風見鶏】日韓外交阻む「善」と「悪」
日本経済新聞 朝刊 総合3(5ページ)
2020/8/9 2:00
日本と韓国の外交は底なし沼にはまってしまったかのようだ。両国の政治家のあいだでは、どう抜けだすかという解決策を飛び越して対抗策の議論がにぎやかだ。こういうときは先人に学ぼうと、英国外交官だったH・ニコルソンの名著「外交」を手に取った。
外交官の中で最悪の部類として「宣教師、狂信家そして法律家」を挙げている。ある一派の考え方を「善」、他派を「悪」とみなすことで独善などの恐ろしい危険に人々を巻き込みかねないと警告した。人権弁護士出身の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を含め、ナショナリズムを外交の場に持ち込みがちないまの日韓関係を映す鏡のようだ。
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ここまでこじれた理由は、日本でも大ブームとなった韓国ドラマにもヒントを見いだせる。
「愛の不時着」がヒットした秘訣は、北朝鮮で出会った男女が分断国家ゆえに南北に離れてしまうと会えなくなる切なさに加え、ベールに包まれている北朝鮮の庶民の暮らしぶりが再現された点が挙げられる。
やはり人気の「梨泰院クラス」は、運命を狂わされた主人公が強大な敵に復讐(ふくしゅう)を遂げるストーリーが受けている。
「分断」「復讐」は文政権のキーワードと重なる。
民族同士が血で血を洗った朝鮮戦争と分断の固定化による痛みを日本人は実感しにくい。さらにわかりにくいのは、革新派による復讐の矛先が日本以上に国内保守派に向けられている本質だ。3年前の政権交代を機に社会のエスタブリッシュメントが革新派に代わり、保守政権下で長く隠されてきた人権侵害に光が当たるようになった。
従軍慰安婦や徴用工問題も、韓国では現代に通じる人権問題としてとらえられる。最近も革新系与党所属の自治体首長にセクハラ疑惑が相次ぎ、多くの大統領府高官にも複数の不動産所有が明らかになると、若者や女性が「道徳や正義に反する」と反旗を翻し、文大統領の支持率が急落した。
日韓両政府間では、難交渉の末にこぎ着けた慰安婦合意や請求権協定といった取り決めがないがしろにされ、信頼関係は崩れた。日韓外交は善悪二元論で解決することはできない。
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「愛の不時着」では、けなげに生きる北朝鮮の庶民の一端に触れた韓国人に親近感が生まれた。日韓でもそれを体現している人たちがいる。相手の文化を屈託なく受け入れ、再び往来できる日を待ち望む若い世代と、長く協力関係を築いてきた企業人などだ。
「お互いにお家の事情があるのだから名分に執着せず、妥結の道を見いだし、実利を貫徹させよう」。国交正常化交渉が難航するたびにこう促したのは時の首相、佐藤栄作。安倍首相の大叔父である。朴正熙大統領も「貧困から脱する」との信念を貫いた。
日本周辺の脅威が高まり、米中の覇権争いも激烈になっている。対立のなかで共有する「実利」を見つける仕事も政治だろう。
(編集委員 峯岸博)