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春秋
日本経済新聞 朝刊 1面(1ページ)
2020/8/1 2:00
▼権力を自分に引き寄せてはならぬ。まして自分が権力そのものになってはならない。李さんは熱っぽく語ったという。自己をかくも客観視でき、抑制できる指導者を得て、台湾はたしかな民主主義を手に入れた。大陸とはずいぶん違う、自由で成熟した社会の空気は旅行者にも心地よい。それを創り上げた人が亡くなった。
▼司馬さんと親しくなってからの対談で、民主化の仕上げに向かっていた総統は語っている。「台湾人として生まれ、台湾のために何もできない悲哀がかつてありました」。無念を乗り越えた、97年の生涯だったろう。最晩年の写真からも「木の香り」がにおい立つ。そして台湾という場所の苦しみも、そこには宿っている。