【経済教室】コロナ危機と世界秩序(上)
対中戦略 協調体制再構築を
アンドリュー・オロス ワシントンカレッジ教授
米中が協力してパンデミックを抑制し、自力で感染症と戦えない国を支援する方法は数多くあるはずだ。だが両国の現在の政治指導者をみても、また近年急速に自信を強める中国への疑念が高まっていることからも、その見通しは暗い。それどころか両国が対コロナ戦争でとっている戦略をみると、米中の地政学的競争は次第にゼロサムゲームの様相を強めているようだ。
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パンデミックの初期には中国は巧妙な情報操作により、重要な情報を隠したり、ウイルスは米軍が開発したといった偽情報を流したりした。また中国国内の移動は制限したが海外渡航は制限しないなど、他国を犠牲にしてでも自国の利益を守ろうとした。そのうえ、パンデミックを利用して他の方面でも自国の利益の追求に走っている。東シナ海と南シナ海で違法な行動を活発化したほか、香港の民主制度を脅かし、国内では社会監視網を拡大中だ。
米国も世界保健機関(WHO)をはじめとする重要な国際機関に非建設的な非難を浴びせたほか、世界の模範的対策をとらないなどパンデミックへの協調的な初動対応を阻んだ。米国と同盟国・パートナー国はこうした失敗から学び、パンデミックにも、この機に乗じようとする中国に対しても、多国間で協調して対応しなければならない。
中国は世界中の発展途上国と密接な関係を築いており、将来はワクチンや医療支援の提供などを通じてこの関係性を一層深めるつもりだと考えられる。米国と同盟国・パートナー国は、対コロナ戦争の第2段階に今から備えねばならない。過去の世界大戦では、政治指導者らは戦争が終わらないうちから、戦後世界のための戦略や国際機関を構想したことを見習うべきだ。
だがトランプ米大統領の「米国第一主義」のせいで同盟国との緊張が高まり、また同盟国・パートナー国の多くが共通の脅威に立ち向かう行動への協力拡大に消極的になっている。このためこうした協調行動をとるのが難しくなっている。
それでも価値観と利害を共有する国々の堅固なネットワークは貴重な財産だ。中国が他国との関係で不誠実な姿勢を続け、自国の利益を優先するのみならず、他国の安全と繁栄を脅かすような戦略を続ける限り、今日の中国、そしておそらく未来の中国もこの貴重な財産を得られないだろう。
日本をはじめ、米国の同盟国・パートナー国を含む世界の国々は、次第にゼロサムゲームの様相を呈してきた米中間の競争に巻き込まれまいとしてきた。だが中立の行動をとる余地は次第に狭まっている。
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医療の水準が極めて高い日本は、ウイルスの封じ込めやワクチン開発の推進に大いに貢献できる能力を備えている。これらの方面で日本が成功すれば、専門知識や技術を必要とする国々に提供できるようになるので、米中の地政学的競争の渦中で自立性を確保することが可能になるだろう。
世論調査でも政府開発援助(ODA)に日本人の多数が賛成している(図参照)。実際、日本は自立的な行動の拡大に一定の成功を収めてきた。2016年に提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想は、なお潤沢な日本の経済力と伸長しつつある防衛力を生かし、米国以外にも戦略的パートナーの範囲を広げている。
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11月の米大統領選で今後4年間の米国の対外政策の方向性が決まる。バイデン氏が率いる新政権が誕生して議会でも民主党が過半数をとれば、同盟国やパートナー国との関係修復とグローバルなパートナーシップの再構築に多大な努力が払われるだろう。
もっとも、ここ数年に植え付けられた敵意と相互不信の早期解消には多くの人が懐疑的だ。それでも、この先に待ち受ける世界の難題に協力して立ち向かうという共通の利益から、少なくとも部分的な和解は短期間で成立すると思われる。
一方、トランプ大統領が再選されれば、今後予想されるパンデミックとの戦いや中国の不法行為への対抗措置を巡り、米国主導のグローバルな協調体制を築くことは困難になる。そうなれば、米国主体のパートナーシップの亀裂や米国の対外関与への無関心につけ込んで、中国が引き続き自国の利益拡大を図るだろう。
世界を挙げての新型コロナとの戦いは、数年のうちに勝利に終わるはずだ。だが米中の地政学的競争は終わるまい。日欧の主要国は、パンデミックとの戦いで中国が繰り出す次の手に注意を払い、中国の行動には次の局面に向けた不純な意図が見え隠れしていないか、熟考する必要がある。
中国が現在の路線を継続するようなら、世界が直面する課題に平和的に取り組むために、法の支配と国際規範を守る強力な協調体制を構築する必要がある。新型コロナとの戦いは、そうした協調体制を築く良い出発点となるだろう。