【大機小機】経済理論より経済思想を
世界中で新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず、また我が国でも第2波の傾向が見られ、今や、新型コロナ対策と経済活動再開という二律背反する難題への解が求められている。その議論に役立つ経済理論とはどのようなものであろうか。
ある経済学者は「これまでの経済学では新型コロナの状況には応えられない」と断ずる。そこで、社会的共通資本論の提唱者である宇沢弘文教授の最後の著書と言われる「人間の経済」(新潮新書)をひもといてみた。
教授はまずリーマン・ショックを「パックス・アメリカーナという大きな時代の、終わりの始まり」と捉える。ミルトン・フリードマンを指導者とする市場原理主義について「市場で利益をあげるためならば法も制度も変えられる、要するに儲けるためならば何をしてもいい」という「まともな人間の理解の度をはるかに超えた」理論だとする。
しかし、この主義は、これまで我が国の経済政策にも少なからぬ影響を与えてきた。これに対し、宇沢教授は、例えば「社会的共通資本としての核心部分である医療に対しては、市場メカニズムを使うのではなく、もっと人間的な立場からその営みを守るために協力していかなければなりません」と主張する。
そして、一人の患者が死に至るまでの医療費をできるだけ安く抑えようという、近代経済学の効率性の考え方に基づく日本の後期高齢者医療制度に関しても、もっと人間的な立場から、という視点から厳しく批判する。
いま、我が国の医療体制は「職能集団としての医師たちの士気、モラル、志という人間の心に関わるところ」で辛うじて持ちこたえている。こうした実情下で必要なのは、1人当たり10万円配布すればどれだけ国内総生産(GDP)に影響するかといった「経済理論」ではなく、「豊かな経済生活を営み、優れた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を安定的に維持することを可能にする」といった「経済思想」である。
この考え方に基づけば、補正予算に組み込まれた予備費から医療機関への経営支援などは直ちに実行されるに違いない。そして、それは長年我が国の経済政策に影響を与えてきた市場原理主義からの決別も意味することになる。
(万年青)