◎〈ライフスタイル〉風を愛でる心を、今に伝える
篠原風鈴本舗4代目 篠原由香利さん
江戸時代末期、たくさんの風鈴をてんびんに下げて町を歩く風鈴売りは、物売りらしく売り声を上げることはしなかったとか。何を語らなくても、そよ風を受けて奏でられる風鈴の音に呼ばれて客たちが集まる様子が、目に浮かびます。今回は、300年前から変わらぬ技法でガラス製風鈴の伝統を受け継ぐ江戸風鈴職人・篠原由香利さんの登場です。
繁忙期は、朝から夜遅くまで家族全員で作業を行う。「継ぎなさい」と言われたことはない。早稲田大学に進学し、就職活動をする頃には“9時〜5時”で終わる仕事に憧れた。
「(家業より)もっと楽な仕事があると思っていましたが、一見楽そうに見えても、それぞれ大変。楽な仕事なんてない。だったらうちでいいか、と入社しました。
当時は好きかどうかも分かりませんでしたが、今、コロナウイルス感染拡大の影響で、体験イベントやいろんなことがキャンセルになって、やっぱり風鈴を作り続けていきたいと思ったんです。この仕事が好きだと気付きました」
ガラスの内側から描く
江戸風鈴はガラスを吹いて、絵を描き、ひもを通して完成するが、これらは全て手作業。篠原風鈴本舗では、篠原さんの夫・公孝さんら男性がガラスを吹き、篠原さん、母、妹で絵を描く。男女で分業というわけではなく「何となくそうなった」のだそう。
「江戸風鈴には三つの特徴があって、一つが“宙吹き”。一つずつガラスを口で膨らませるので、大きさや厚みが微妙に異なり、それぞれ音色が違うんです。
二つ目が鳴り口。音色を良くするために、ガラスの切り口が、わざとギザギザになっています。鳴り口がツルツルだと、ぶつかる時は音がするけど、こすれる音はしません。昔の人は、余韻が残る、こすれる音が耳に優しいと分かっていたんでしょうね。
三つ目が、絵をガラスの内側から描くところ。下書きはせず、油性の顔料で描きます」
鳴り口から筆を入れ、ガラスの内側から描く
内側からなので、文字を書く時は鏡文字に。図柄は表に出る部分を先に塗り、順番を考えながらの作業となる。小さい頃から絵が得意だったのか聞くと「いやー、好きじゃなかったです(笑い)」と。どの質問にも繕わず、ありのまま率直な答えが返ってくる。
●伝統を守るのは私たちじゃない
4代目となったのは6年前。3代目が急逝したことがきっかけだが、気負いはない。
「私一人ではなく皆で作っているので、『私が4代目です』と言っちゃっていいのかなと、今でも思ってます。
よく父からは『伝統を守るのはわれわれじゃない。使ってくださるお客さまがいるから、続けていけるんだ』と、言われました。
だから、柄に関しても結構自由で、“こうじゃないとダメ”とか、“江戸風鈴がこんな柄はおかしい”というのはなく、欲しいお客さまがいるのならいいよ、と。祖父も『老舗は時代の最先端をいくんだ』という考えです」