◎【Deep Insight】「コロナ不況」平和むしばむ
インドの元軍幹部や外交ブレーンにたずねると、次のような分析が返ってきた。世界がコロナ危機に忙殺されているのに乗じ、中国は各国に攻勢を強めており、インドに対しても例外ではない。中国内で高まる不満を外に向ける思惑もあるにちがいない――。
中国では「コロナ不況」により、農村も含めた失業率は約20%とされる。現場の隠蔽により、コロナへの初動が遅れたことにも批判がくすぶる。感染対応に追われるインドのすきを突くとともに、国内の不満をそらす狙いも中国側にはあるとの見方だ。
中国がどこまで意図したかはともかく、外国との危機は愛国心を刺激し、国民を束ねやすくなる。中国の短文投稿サイト「微博(ウェイボ)」では、中印国境に関する閲覧数が20億回を超えた。
これに対し、インドのモディ首相も引かない構えだ。衝突があった6月17日夜、すかさず国民に演説し、領土問題では一歩も譲らない考えを強調した。
モディ首相もコロナ不況で苦境にある。3月末から全土を封鎖したため、都市部の失業率は5月に26%に達し、全国では1億2000万人が職を失ったとされる。
厳しい内政も相まって、中印は互いに譲らず、長い対立の時代に入るだろう。それにしても不可解なのが、中国の行動である。インドだけでなく、世界中を敵に回すような行動に走っているからだ。
中国はすでに米国とは、新冷戦に近いほど反目している。このままでは世界で孤立しかねず、賢明とは思えない。習近平(シー・ジンピン)政権はなぜ、墓穴を掘るような行動に走るのか。
中国専門家らの見方をまとめると、背景は3つある。第1はすでに触れたように、コロナ危機に乗じて外国への攻勢を強める一方で、国内の不満をそらす狙いだ。
第2はコロナ前から計画していた強硬策を変えず、淡々と実行しているケースである。尖閣への船派遣や南シナ海の支配強化は、こちらに近いかもしれない。
いちばん気がかりなのが、3つ目である。習氏の意向をくんで、中国政府や軍の各部門が組織防衛のため、対外強硬策を競い合っているパターンだ。
いちばん気がかりなのが、3つ目である。習氏の意向をくんで、中国政府や軍の各部門が組織防衛のため、対外強硬策を競い合っているパターンだ。
中国政治に詳しい東京大学・公共政策大学院の高原明生教授は語る。「コロナ不況で財政が厳しくなり、中国の各組織は予算獲得に血眼になる。軍や外務省は『天下泰平ならず』という雰囲気を醸し出し、習氏の好みをそんたくして強硬策に走ることでアピールしている」
戦前、日本が海外の権益を急速に広げるなか、海軍や陸軍は予算争いにしのぎを削った。中国軍や政府内でも似たような状況になっている形跡がある。
ここにきて北朝鮮も韓国への挑発を強めている。コロナ対策で1月から中国との国境を閉じ、経済が困窮しているとされる。こうした窮状と強硬な言動は無縁ではないだろう。
新型コロナのパンデミック(世界的大流行)は人の命を奪うだけでなく、平和をむしばむウイルスもまき散らす。こちらの感染も抑えなければ、世界は一層きな臭くなってしまう。