『ドン・キホーテ』(Don Quijote、Don Quixote)
スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスの小説。 騎士道物語の読み過ぎで現実と物語の区別がつかなくなった郷士(アロンソ・キハーノ)が、自らを遍歴の騎士と任じ、「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」と名乗って冒険の旅に出かける物語である。1605年に出版された前編と、1615年に出版された後編がある。
(帳簿の世界史)
◎議院内閣制の成立
専門的な訓練をうけた“官僚制度”が登場するとともに、「指導力のある“政治家”」というものが登場してきたのです。
最近の統一以前の[清の次代の]中国の人文主義的な政治家たちと同じように、たがいに資格のある人々にとして認めあっていたのです。
イギリスのように、議会が王権よりも優位に立った国では、議会の権力が発達するとともに、政治指導力をさらに統一する方向に進みました。
このイギリスのシステムは、ヨーロッパ大陸で議院内閣制として採用されます。一方、アメリカ合衆国と、アメリカに影響をうけた民主主義国家では、これとは全く異質なシステムが採用されます。このシステムは、国民の直接選挙で勝利を収めた政党の指導者が、[大統領として]行政装置を定め、その頂点に立つもので、議会の同意をえるように拘束されるのは、予算と法律だけに限られていました。
(職業としての政治)
◎第9章 詠めばおのずと知れること。
サンチョ「どう申しましても、わが殿様におかれましては、ドゥルシネア様のお住まいが城でなくてはお気が済まないようでありますが、城だとしても、この時間に大門(おおもん)が開いておりましょうか。門番を叩き起こして開ければ、大騒ぎになりますよ。女郎屋かなにかなら、戸を叩いて、出入り自由の色男、というところですが」
(ドン・キホーテ)
◎ペスト/カミュ
「僕は留保のない証言しか認めないんです、ですから、あなたの場合にも、僕の報告をすることはしません」
「まさにサン・ジュスト(フランス革命時の熱狂的な正義論者)の言葉ですね」と、ほほえみながら新聞記者はいった。
「保留」と「留保」の違い
両者の違いは、結論が出ているか否か、出せないのか出さないのかにあります。「保留」は、結論が出ずに決めかねている状態であるため、仕方なく保留しているのに対し、「留保」は、ある狙いがあって意図的に結論を出さずにいる状態の時に使うものです。
ルイ・アントワーヌ・レオン・ド・サン=ジュスト(仏: Louis Antoine Léon de Saint-Just[1]、1767年8月25日 - 1794年7月28日)は、フランスの政治家、革命家。ロベスピエールらと共にフランス革命に参加し、彼の右腕とも称された。
●「イスパニアHispania」とは、
スペインがローマの属州であった紀元前1〜5世紀の頃の呼び名で、
日本語のカタカナで「イスパニヤ」と呼ばれるようになったのは、
室町時代、ポルトガル語の「Espanha」からです!
なぜ英語でスペインと呼ばれるようになったかというと、
Hispania(イスパニア)→Espan~a(エスパーニャ)と変化したように、
Spania(スパニア:中世ラテン語)→Spain(スペイン:英語)と変化したからです。