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2020.1.11

2020年01月11日 (土) 00:21
2020.1.11

1月11日(土)

鏡開き
正月に年神様に供えた鏡餅を雑煮や汁粉にして食べ、一家の円満を願う行事。

604年(推古天皇11年12月5日) - 聖徳太子(厩戸皇子)が冠位十二階の制度を制定。

1172年(承安元年12月14日) - 平徳子(建礼門院徳子)が後白河法皇の養女として入内する。

1547年(天文15年12月20日) - 足利義輝が近江坂本の地で将軍に就任する。

1851年 - 太平天国の乱。清国で洪秀全が率いる集団が武装蜂起。
            
              
◎朝
妻「今夜は座談会だから車は奥に止めてね。私の軽は帰って来るとき邪魔になるやろ?いつも奥に止めるようにしようか?」
「いや、帰って来る時に奥さんの軽が見えるとほっとするとたい。車がないとあらっとなるとたい」
「………上手になったねぇ、ほんなこて」
「上手もなんもそん通りよ」
「最近はそういう言葉のさっと出るようになったね」
「うん、俺もそう思う、本心だから………」
??

◎職員担当のお客さんから
相続税申告の問い合わせ。土地がたくさんあるが、お客さんの計算ではギリギリ相続税がかからないだろうということだけど、………「市街化農地」が沢山あり?
来週来所予定に。相続税今年3件目の見込み。?

◎IDECO月23,000円
私も社会保険だから加入できそうだ。
 
◎広告を見て
確定申告の新規のお客さんが来所。
建設業、人も入れてそろそろちゃんとしないとということで。
?

◎明日から三連休
一社300人の年末調整をした「洋子さん、 
明日からゆっくりと休んでね、三日間しかないけど」
?

◎夕方、事務所を出たら
空がまるでジェット気流の“天体ショー”のようでした。
夕陽にも照らされて躍動している感じ?
と、東の方からは満月が上がっている?
お?………車を停めてパシャ??


◎地区座談会で
私のひとこと発言――
先月、最近物忘れが酷いので、奥さんに言われ「物忘れ外来」に行ったけど「全く問題ありません」と言われて、喜んで帰ったら、病院から電話があり「あの〜支払いを忘れてあります」………???
「今日さっき払ってきました」

妻「爆笑やったね」

◎ブラボー人生
100歳おばあちゃん・ふじさんの体験に感動?
「わしの根っこにある」?


◎寸鉄
利他の行動を貫けば幸福
の道は開く。“人のために
火を灯す”挑戦の一歩を
     ◇
気候変動は基盤壊し特に
弱者に害及ぼすと。誰も
置き去りにせぬ社会皆で
     ◇
東京パラリンピック参加
国数が最多の見通しと。
共生の祭典に世界が注目



◎武家社会の風習だったものが一般化した。刃物で切るのは切腹を連想させるため、手や木鎚で割ったり、砕いたりする。また、「切る」という言葉をさけて、「開く」という縁起の良い言葉を使っている。

地方によって日が違い、京都では4日に、ほかに20日に行う地方もある。

鏡開き(かがみびらき)・鏡割り(かがみわり)とは、正月に神(年神)や仏に供えた鏡餅を下げて食べる、日本の年中行事[1]である。神仏に感謝し、無病息災などを祈って[2]、供えられた餅を頂き、汁粉・雑煮、かき餅(あられ)など[3]で食される。

◎冠位十二階(かんいじゅうにかい)は、日本で603年に制定され、605年から648年まで行われた冠位である。日本で初めての冠位・位階であり、この制定により人材登用の道が開かれた。朝廷に仕える臣下を12の等級に分け、地位を表す冠を授けるものである。七色十三階冠の施行により廃止された。

制定の目的は『日本書紀』等に記されない。よく説かれるのは二つで、一つは家柄にこだわらず貴族ではなくても有能な人間を確保する人材登用のため、もう一つは外交使節の威儀を整えるためである。

聖徳太子(しょうとくたいし、574年2月7日〈敏達天皇3年1月1日〉- 622年4月8日〈推古天皇30年2月22日〉)または厩戸皇子(うまやどのみこ、うまやどのおうじ[1])、厩戸王(うまやとおう[2])は、飛鳥時代の皇族・政治家。「聖徳太子」は、後世の諡号。用明天皇の第二皇子、母は欽明天皇の皇女・穴穂部間人皇女。

推古天皇(すいこてんのう、554年5月21日〈欽明天皇15年乙巳朔癸丑: 4月9日〉- 628年4月15日〈推古天皇36年3月7日〉[注 1])は、日本の第33代天皇(在位:593年1月15日〈崇峻天皇5年12月8日〉 - 628年4月15日〈推古天皇36年3月7日〉)。

◎平 徳子(たいら の とくし/のりこ[1]、久寿2年(1155年) - 建保元年12月13日(1214年1月25日))は、日本の第80代天皇・高倉天皇の皇后(中宮)。女院。院号は建礼門院(けんれいもんいん)。

◎足利 義輝(あしかが よしてる)は、室町時代末期および戦国時代の室町幕府第13代征夷大将軍(在職:天文15年(1546年) - 永禄8年(1565年))。足利宗家第20代当主。

◎太平天国の乱(たいへいてんごくのらん)は、清朝の中国で、1851年に起こった大規模な反乱。洪秀全を天王とし、キリスト教の信仰を紐帯とした組織太平天国によって起きた。長髪賊の乱ともいわれる。


【一年前】
1月7日の聖教に私の名刺広告
私の広告の周りも私の関与先。
原田工業(副県長)、先駆建設(圏長)
?

朝陽が綺麗?

昼、私36.3度、妻はインフル診断
「インフルでないお父さんに感染(うつ)されて私がインフル、はがいかぁ」
??

【二年前】
◎燃費
427.7÷56.0=7.6km〉4.7km(前回)
高速に乗った分よかったかな?

◎三代会長の写真を拠点に?
「綺麗に飾れたよ、俺はセンスのよかばい?」
「自分で言うかい、お膳立ては私!!」
?

【三年前】
反転攻勢の天地・北九州!
今日は一人で門司区の税理士3件を回ってきました。一人の方はもう24年も細く長く繋がっています。年賀状を返してくれる方はほぼ公明党に好感を持っている方です。大体10人に1人です。

門司港レトロ周辺も歩いて来ました。
「へ〜ここから巌流島にも船が出ているんだ…しかも一日に何便も…」
いつか巌流島にも行ってみようと思います。
???


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

第四章 死身弘法の心情をのべる 0185.11〜0185終り

本文
 予粗先ず此の子細を勘うるの間・身命を捨棄し国恩を報ぜんとす、而るに愚人の習い遠きを尊び近きを蔑るか将又多人を信じて一人を捨つるかの故に終に空しく年月を送る、今幸に強仁上人・御勘状を以て日蓮を暁諭す然る可くは此の次でに天聴を驚かし奉つて決せん、誠に又御勘文の体為非を以て先と為し若し上人黙止して空しく一生を過せば定めて師檀共に泥梨の大苦を招かん、一期の大慢を以て永劫の迷因を殖ること勿れ速速天奏を経て疾疾対面を遂げ邪見を翻えし給え、書は言を尽さず言は心を尽さず悉悉公場を期す、恐恐謹言

       十二月廿六日                        日蓮 花 押


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