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2019.9.6-2

2019年09月06日 (金) 02:09
2019.9.6-2

【一年前】  
●古代→中世→近代→現代
これは西欧、日本、北インドの歴史。
「頭が古代のままだった韓国」
「アメリカは古代も中世も近代もなく、
すべて現代」
「中国は古代→現代」
「日本の近代は終わった」
古田教授

☆なるほど!!?
「中国は歴史がない!」と思っていましたけど、「古代→現代」………途中がないということですね。納得。
アメリカも確かに古い歴史はないですね。
?に鱗?
      
                
◎ビクトリア号(スペイン語: Nao Victoria)
地球一周航行を目指しフェルディナンド・マゼランが指揮した船団を構成した5隻の内の1隻。木造帆船で85トンの大きさ、船種はキャラック船あるいはナオ船という。

名前はマゼランが国王カルロス1世に忠誠の誓いを立てたサンタ・マリア・デ・ラ・ビクトリア・デ・トリアナ教会(Santa María de la Victoria de Triana)にちなんでいる。

1519年から1522年にかけての地球一周の旅を達成した唯一の船となった。この遠征は過酷なものとなり、出航当時265名いた乗員の内、生還できた者は18名のみであり、航海の中でマゼランはじめ大部分の人員が失われた。

マゼランの死後、艦隊の指揮官は様々入れ替わるが、最終的に1522年9月6日、フアン・セバスティアン・エルカーノの指揮の下ビクトリア号がただ一隻、スペインのサンルカール・デ・バラメーダに帰還し、地球一周を達成した。エルカーノを含めた18名の生存者の内の1人、アントニオ・ピガフェッタが後に航海記を著し、地球一周の旅の記録を今日に伝えている。

◎フェルディナンド・マゼラン
(1480年 - 1521年4月27日)
大航海時代のポルトガルの航海者、探検家である。1519年に始まる航海でスペインの艦隊を率いた。マゼラン自身は航海半ばの1521年に亡くなったものの、部下のスペイン人フアン・セバスティアン・エルカーノが艦隊の指揮を引き継ぎ、1522年に史上初となる世界周航を達成した。


◎ネルトリンゲンの戦い(Schlacht bei Nördlingen)
三十年戦争中の1634年9月6日にドイツのネルトリンゲン郊外で行われた戦いである。スウェーデン軍およびドイツ・プロテスタント諸侯のハイルブロン同盟と、皇帝の継嗣ハンガリー王フェルディナントを総司令官とする、神聖ローマ皇帝軍およびスペイン軍が交戦し、皇帝軍が勝利した。

◎ネルチンスク条約
(ネルチンスクじょうやく、簡体字:尼布楚条?、繁体字:尼布楚條約、ロシア語: Нерчинский договор)
1689年に康熙帝時代の清朝とピョートル1世時代(摂政ソフィア・アレクセーエヴナ)のロシア・ツァーリ国との間で結ばれた、両国の境界線などについて定めた条約。清とヨーロッパ国家との間に結ばれた初めての対等な条約で、その内容は満洲(現・中国東北部)での国境を黒竜江・外興安嶺(スタノヴォイ山脈)の線に定めるというものであった。
    
      
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行敏訴状御会通 
第一章訴人を明記し訴状の目的を示す
文永八年    五十歳御作

以上の項目であるが、大聖人の回答は釈明するなどという次元のものではもとよりない。第一の経法に関しての論難については、すべて仏説に基づいて、彼らの主張の矛盾点を突き、歴史的事実を示し、かえって難詰する筆勢になっている。また、第二の、大聖人一門の行為に対する非難についても、具体的に誰が、どこで、何をしたか、事実の確証を示さなければ、すべて良観等の大妄語であると反論され、逆に彼らの極悪を経論に基づいて論難されている。

最後に、インド・中国・日本の三国にわたって、権力者たちの仏法破壊の歴史的事実を挙げ、仏記に照らして「此等の悪人は仏法の怨敵に非ず」と示され、本当の仏敵は「三明六通の羅漢の如き僧侶等」、すなわち生き仏のように振る舞っている高僧等である、と指摘されている。以上が要旨である。

まず、冒頭の御文は、日蓮大聖人を訴えた者が実質的に良観及び念阿弥陀仏であることを明記し、次に訴状で「日蓮を召し邪見を摧破し正義を興隆したい」とあることについて、まさにそれこそ日蓮も望むところであると述べられている。


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