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2019.5.21

2019年05月21日 (火) 01:44
2019.5.21

【二年前】
●地区座談会で活動報告
妻「今日の?座談会は良かった!
……一人一人が都議選に向けて闘志みなぎる座談会だった。
……やっぱうちの地区はすごかばい!
……お父さんの活動報告も良かった♪爆笑だったね?」
私「お、久しぶりにほめられた♪」
???

【一年前】
●地区壮年部員(86歳)のお通夜
黒は女を綺麗にする――
「奥さん、今日は余計に綺麗よ?」
娘「お、お父さんがお母さんを褒めらした」
「地区婦人部長、女子部のマリナちゃんも綺麗かったなあ」
?

●イムジン河
わが祖国 南の地 思いは遥か………
北の大地から南の空へ………
誰が祖国を二つに分けてしまったの
誰が祖国を二つに分けてしまったの
………イムジン河 空遠く………
ふるさとをいつまでも忘れはしない………
?涙なしでは聞けない………???

◎税理士会大牟田支部総会&懇親会16:30〜19:30
税理士仲間とも写真におさまりました。
「次は沖縄で会いましょう?」

久しぶりに夜の町へ。今年4回目?
「以前は週2〜3日だったのに」
緒方税理士、小川税理士ともバッタリ。
小川税理士「県会の時は公明党のお陰で凄かったですね〜」
私「今度は下野をよろしく!!」
「はい、それはもちろん」
?

10時過ぎには帰宅。
妻「早かったね」
「うん、早く奥さんの顔、見たかったから」
「ハイハイ」


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

十一通御書 極楽寺良観への御状 
第一章経文通りの僭聖増上慢と断ず

良観は外見上、戒律を持って、癩病患者や・乞食を集めて薬や食を施し、井戸を掘り、川に橋を渡し、道路を造ったりした。また飢饉には貧民に粥を施すなど社会事業に努め、鎌倉の人々の信望を集めた。

反面、こうした慈善事業の陰で、関米や通行税を取って人々を苦しめ、私腹を肥やしていた。そして、日蓮大聖人に対しては激しく憎んで権力者を動かし迫害を加えた。

本書状でみられるように仏法の正邪について公場での対決を大聖人から迫られたが応じようとせず、更に、文永8年(1271)、幕府の依頼で祈雨をおこなうことになった際、大聖人から勝負を挑まれ、これに応じて必死に祈ったが敗れた。

大聖人はその直後、良観に対して「たやすい雨を降らすことさえできない者が、どうして難しい往生成仏ができようか。今こそ日蓮を恨む邪見を捨てて、約束どおり、日蓮の弟子になりなさい。雨を降らす方法と仏に成る道を教えよう」と破折された。

良観は祈雨に敗れた悔しさから、怨念と敵対心を弥増し、幕府有力者やその夫人、未亡人などへ讒言して大聖人を亡き者にしようと謀った。
 こうして同年9月10日、幕府は大聖人を呼び出して取り調べを行い、9月12日に逮捕、その深夜、竜の口で斬首しようとしたのである。

しかし、これは夜空に突如現れた光り物のために執行できず、結局、佐渡へ流罪に処したのであった。この背景には良観の策謀があったのである。


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