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2019.4.11

2019年04月11日 (木) 00:05
2019.4.11

◎朝
妻「しっかり寝とったね。
ケイコーケイコーて、寝言言よったよ」
「そうかね」

【一年前】
半分、青い
中村雅俊の、まだだいぶ若い“おじいちゃん”役が、身に迫ってきます。
もう、すぐそこまで来てるかな?!
?

◎題目の利剣で魔を打ち破れ
「日蓮智者に非ずと雖も第六天の魔王・我が身に入らんとするに兼ての用心深ければ身によせつけず」

こちらが臆すれば、魔は増長して付け入る。魔と見破り、“さあ来い?”と題目の利剣で迎え撃てば退散するのだ。
(聖教4.10)

「釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくなすものはかたうどよりも強敵が人をば・よくなしけるなり」

◎磯田道史氏(読売新聞4/10)
新元号の出典となった「万葉集」の箇所も「文選」にある後漢の張衡「帰田賦(きでんのふ)」や、王羲之(おうぎし)「蘭亭序(らんていじょ)」が元になっていることは既に知られていた。日本政府は「文選」も出典として併記する道もあった。併記せねば、外国の新聞が「やはり起源は中国」と書く。事実、そうなった。

◎娘は料理が上手?
私「恵ちゃん、今日の料理も美味しかった?
恵ちゃんはどうしてそんなに料理も上手と?」

娘「好きだから」

「ならあとは痩せるだけね」

「お父さんも?
わかってる。
だからお父さんは人から嫌われる?」
!!ヽ(゜д゜ヽ)(ノ゜д゜)ノ!!
??

◎日本の「老後」の正体/高橋洋一教授
●バブル後なぜ、不況が始まったのか
「一般物価は、それほど上昇していないにもかかわらず、株価や不動産価格などの資産価格のみが、突出して上がっていった。これこそが、バブルの実態だったんだ」

「総量規制により、株価はただちに下降し、バブルは収束へと向かっていった」

「実際には関係ないにもかかわらず、日銀は金融引き締めをしてしまった。その金融引き締めによって、本当に不況になったというのが正しい解答」

●ITバブル崩壊を乗り越えたアメリカ
「日本は公定歩合を下げ始めるまでーーつまり、金融緩和を始めるまで時間がかかり、下げ幅も小幅で、しかも時間をかけて段階的にしか下げなかった」

「一方、アメリカの場合、手を打つのが早く、株価が下落し始めるとほぼ同時に金融緩和に転じ、「FFレート」を一気に大規模に提げた」

●リーマンショック
アメリカで起きた不況が、どうしてほかの国にまで影響?

アメリカが世界最大の輸入国で、さまざまな国の経済と大きくつながっているから、世界中に飛び火

アメリカのFRBもイギリスのイングランド銀行も対応は早かった。でも、日本の日銀はほとんど唯一と言っていいほど対応が後手に回ってしまった。

☆結構目に鱗???????

◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

十一通御書 北条弥源太への御状

まず佐渡流罪中の文永11年(1274)2月21日御述作と推定される御消息には、弥源太が何かの祈禱のために大聖人に太刀・刀を御供養したことについて、「後生には此の刀を・つえとたのみ給うべし、法華経は三世の諸仏・発心のつえにて候ぞかし、但し日蓮をつえはしらとも・たのみ給うべし、けはしき山・あしき道.つえを・つきぬれば・たをれず、殊に手を・ひかれぬれば・まろぶ事なし、南無妙法蓮華経は死出の山にては・つえはしらとなり給へ」(1277−02)と、死後未来世の安穏は絶対に得られることを述べられている。末尾には「二十一日」と日付のみあり、年号は記されていないが、文永11年と推定される。

「九月十七日」と、やはり日付のみ記された御消息には、何かの病に侵されていた弥源太が、病気平癒した旨を御報告したことに対し、「御所労の御平愈の由うれしく候うれしく候」(1229−01)と、回復を喜ばれている。これも同じく文永11年(1274)の御述作とされているが、そうとすると身延入山後4か月ということになる。

弘安元年(1278)8月11日の御消息には、建長寺道隆が死亡した旨の弥源太の報告に対し、「根露れぬれば枝かれ・源渇けば流尽くると申す事あり」(1230−09)と、道隆一門の末路を予見されている。

☆根が露(あら)われれば枝は枯れ、源が渇けば流れは途絶えるという道理
一門の末路


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