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2017.12.22

2017年12月22日 (金) 00:03
2017.12.22

◎朝「ミーおはよう?」
妻「ミーには優しかね、
畜生やけん……猫とは合う」

「車を自慢したかろ…
よーわかるよ…
一週間くらい天界やろね」

「車を人に見せびらかしたかろ
支部長会、普通は行かんのに
車のあって出られんで残念やったね」

「朝から噛まされた」
「噛ますもなんも、そんとおりたい、図星?
分かりやすいよあなたは……
有頂天になってぶつけんごつ」

今朝の聖教わが友に贈る
『笑顔の人は強い。
苦難にも負けない。
………』
その通りの奥さんよ?
?

◎昼も
妻「レクサスの光っとるね?
どなたが乗っとらすと?ていう感じ。
『猿渡』の『潔』さんという人げな
………そげん言われると気持ちよかろ?」
?


◎憲法改正
やっぱり公明党の言う通り、
「7割、8割、9割の国民が合意する内容」
でないとダメですね。
少なくとも政争の具になってはだめですね。
自民党さんももっとシンプルに考えたらどうですかね。戦争したい人も沢山いらっしゃる。

?憲法第9条第3項−−私の私案
『ただし、自衛の措置としての自衛隊のみ、これを認める。』

こうすれば、第1項戦争放棄、第2項陸海空軍その他……交戦権……とも矛盾しない。
「専守防衛」を入れると、言葉尻でまた混乱するので敢えて入れない。
「敵地攻撃能力」は『自営の措置』として客観的に必要あれば身に付ける。
(集団的自衛権三要件)

「武」とは「戈」を「止める」
−−日本の「武士道」?

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


◎薬を2週間分→3週間分
医師「水分はしっかり摂って下さいね」


◎一社269名の年末調整完了?
早々と?
二人の職員で、私が分からないところで、
黙々と、よーしてくれます。
言葉もありません。

非正規社員の中に男性が結構いますね。
パート募集で男が応募してくる?
“格差”、“子供の貧困”が見えてきます。
私の息子も同じかな?!
??


◎来所されたある奥様へ
「明日は、ご主人にお世話になります?」
(妹共々3人で忘年会)
「は〜い、いえいえ」
「明日はご主人の彼女はお休みみたいですけど」
(笑)?


◎妻「シクラメンの花もらった」
私「お、心の琴線が……」
「何の琴線」
「心の琴線」
「ない?」
?


◎「やよいの湯」に??
家族3人で。
「お父さんのレクサスで」
荒尾市のグリーランドの横。
私は十数年ぶり。
(ここはどうして長持ちしているのかな?)


「じいちゃんもず〜ッと独り言を言よらした、恵といっちょん変わらん」

サウナ、スチーム、釜、露天、立ち………
全部入りました。

妻「今晩は良か夢見るやろ」
「俺が出て来てあげようか」
「やめて、うなされる?」
?


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

蓮盛抄 p.152 建長七年 三十四歳御作
第六章 毘廬の頂上を踏むとの義を破す

【本文】
此の身土に於ては狗(いぬ)・野干(やかん)の類も之を蹋(ふ)む禅宗の規模に非ず・若し実に仏の頂を蹋(ふ)まんか梵天も其の頂を見ずと云えり 薄地争でか之を蹋(ふ)む可きや、 

【通解】
この理としての身体においては犬や狐の類も踏む。禅宗の手本になるものではない。
もし実際に仏の頭の頂を踏むというのであれば、梵天もその頭を見ることができないといっているのに、薄地の凡夫がどうしてその頂を踏むことができようか。

【解説】
そして、もし毘盧遮那仏を「周遍法界の法身」すなわち、法界を周り遍く行き渡る宇宙そのものの法身仏と解釈しているのならば、山川、大地などすべての自然の事物・現象はみな毘盧遮那仏の身体と国土ということになるから、犬や狐などの類ですら毘廬の頂上を踏んでいるわけで、「毘廬の頂上を蹋む」という教義も「禅宗の規模に非ず」すなわち、何も禅宗が誇りとするような教義でも何でもないことになる。


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