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2017.5.9

2017年05月10日 (水) 01:02
2017.5.9

◎昨日の新名九州長の話から
(2017.5.7牧口久留米講堂)

日蓮大聖人は弘安5年(1282年)10月13日に御入滅されました。実は大聖人は亡くなる前の9月に身延を出られ、池上宗仲邸に行かれそこで最期を迎えられました。今の大田区です。

大聖人が最後に講義されたのが立正安国論。そこから大聖人の御生涯は「立正安国論に始まり立正安国論で終わる」とされています。

池田先生は昭和3年にその大田区で生まれました。

昭和30年、当時は文化部として初めて学会から候補者を立てたのが、大田区。都議会で小泉さんを立て、神奈川の市会・鶴見区と共にトップ当選を果たしました。これが学会の政界進出の第一歩だったんです。

池田先生の誕生と大聖人の御入滅……!


※私の感想ーー
大聖人が御入滅の直前に身延を出られたのは深い意味があったように思います。御入滅後、身延が謗法(ほうぼう)の山になることを予見されてあった。大聖人の御心を少しでも感じることができて、本当に良かったです。
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真言見聞 142ページ
第一章真言亡国・堕獄の因なるを明かす
文永九年七月 五十一歳御作 
与三位房日行

◎問う真言亡国とは証文何(いか)なる経論に出ずるや、

◎答う法華誹謗・正法向背の故なり、

<通解>
問う。真言亡国とはその証文はどの経論に出ているのか。

答える。真言宗は法華経を誹謗し、正法に背くゆえである。

◎問う亡国の証文之無くば云何(いか)に信ず可きや、 

◎答う謗法の段は勿論なるか若し謗法ならば亡国堕獄疑い無し、

<通解>
問う。亡国という証文がなければ。どうして信ずることができようか。

答える。真言宗が謗法であることは認めるのか。もし謗法であるならば、亡国・堕地獄は疑いがない。

<解説>

さて、この本文であるが、真言宗が亡国と堕獄の因となる理由を明らかにされているところにある。

初めに、真言宗が国を亡ぼすということを示す文証がどの経や論にあるのかとの問いを挙げられている。

それに対して、すぐには文証を挙げられず「法華誹謗・正法向背の故なり」と答えられている。

真言宗が法華経を誹謗し、正法に背いているという謗法を犯しているからであると述べられているのである。

「法華誹謗・正法向背」が無間地獄に堕ちる因であることは法華経譬喩品などの文に明らかだからである。

この答えに対して「亡国の証文之無くば云何に信ず可きや」と質問が設けられている。

たしかに譬喩品等に「無間地獄に堕ちる」との文証はあるが、「亡国」の文証は、法華経に直接的にないからであろう。

しかし、この重ねての問いに対しても、直接、文証を挙げられずに、真言宗が謗法を犯していることを了承するのかと責められ、もし謗法であるならば、真言宗が亡国と堕地獄の因となることは疑いない、と断じられている。

ここでの問答は門下に対して、真言宗との対論になった時の折伏の責めの在り方を教えられている点で、本抄の一年前に著述された早勝問答を想起させる。

若し謗法ならば亡国堕獄疑いなし。

謗法を犯していることが亡国と堕獄の両方の因となることを断定された文である。

ここで、亡国とは国を亡ぼすことであり、堕獄とは堕地獄、地獄に堕ちることをさすのはいうまでもないが、謗法を犯すことによって現世・今生には亡国の果報を招き、来世・後生には堕獄の果報を招くことは次の早勝問答の一節からも明らかである。

すなわち「問う亡国の証拠如何、答う法華を誹謗する故なり云云、一義に云く三徳の釈尊に背く故なり云云、一義に云く現世安穏・後生善処の妙法蓮華経に背き奉る故に今生には亡国・後生には無間と云うなり」(0167−01)と。

正法である妙法蓮華経を信ずれば現世に安穏の境地の果報を招き、後生には善処にうまれるという果報を招くのに対比されて、正法を誹謗し正法に背く謗法を信ずるならば現世・今生には亡国、後生・来世には無間の結果を招くことを述べられている。無間とは無間地獄をさすことはいうまでもない。


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