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甲羅に似た穴の中

2016年05月05日 (木) 11:49
甲羅に似た穴の中

◎東への道



秀吉が本圀寺にあって、細川父子や筒井順慶に誓書を与えているころに、家康はこれもまたたゆみなく東への道をたどって、七月九日ついにめざす甲府へ着陣し終わっていた。

ここで何よりも大切な事は、信長の死を甲州、信州の民衆が、どう受け取っているかを知ることであった。
甲斐源氏歴代の領地で、信長の烈火の政策が歓迎されているはずはなかったが、しかしその反感はどの程度のものであろうか?
それによって手の打ち方は変わって来る。

「ーーよいか百助。こんどの使いは並みの使いではない。生命を惜しむなよ」

その結果は予想して来たよりもはるかに悪かった。

信長自身の評判は険悪をきわめている。その後へ城代としてやって来て、秀隆がまたその信長に輪をかけた乱暴な威圧政策でのぞんでいたのだ。



「ーーこのたび、甲州は信長公のお手に入り、家来、川尻肥前守秀隆命によって城代となる。よって、国内各郷、各村々に武田の士籠居しあらば、即刻肥前守の宿所錦町までまかり出ずべきこと。まかり出ずるにおいては改めて本地安堵の印形を進ずべく、この段触れ申し候」

ところが秀隆は、これらの人々が中門をくぐるときに大小を預からせ、一人ずつ奥庭へ通して有無をいわさず首をはねた。

‥……秀隆はその風貌も必ずいかつく、親しみ難いものに違いない。

(いったい、この百助を、何と言って迎えるか)

‥……秀隆は、丁寧に一礼したが、その頬には歪んだ笑いが微かに見えた。



信長さえ一目おいた家康の人物を、秀隆は、ただ狡猾陰険な‥……と、浅い対立で理解していたからであろう。

百助はまた、昂然とうなずいた。
「それもこれも、甲州を兵乱の地にいたしたくないわれらが主君の深慮、いかがでござろう。ご身辺はわれら誓って警護つかまつれば、肥後守どの西上のあと、この甲府の安泰維持につきご思案がござろう」



「‥……肥前守どのへの、領民の反感はなかなかもって心許せぬものがござる。‥……北条氏と結んで兵を誘い入れるようなことがござれば、故右府さまの功業は一朝にして失い去られる。われらが主君の案ずるのはその一点でござる」
川尻秀隆の、眉のあたりがピクピクと動いた。
(これで読めた‥……)

人間はつねに自分の甲羅に似た穴の中で思索する。‥……一方は人を信じすぎ、一方は疑いすぎているのに、どちらも気づいていないのが、皮肉であった。

(あの狡猾な家康が、何を考えてこのようなことを言わせるのか)
秀隆には策はない。信長という背景がなくなれば、城を捨てて遁(に)げるであろう。



(わしは穴山梅雪の手は喰わぬぞ‥……)
梅雪入道は、家康を信じすぎて、家康に殺されたと思い込んでいる。

彼は光秀の討たれた十三日に至って、本多百助と喜八郎の宿舎へ使者を送った。

「わけあって名は申し上げられませぬ。が、われらは、川尻肥前に私怨深き郷民どもの仲間とおぼされたい」



「二人で来たは、必ずしも二人で繋がって歩けという意味ではない。おぬし一人で行かっしゃい。わしは、おぬしに、万一のことがあったときのために備えておる」

「ここに一つ、グワンと拳固をくれるがよいわ」

「喜八郎はご貴殿に、われらを討ち取る陰謀があると申して、同行を拒みました」



秀隆は手を鳴らして侍臣を呼ぶと、
「申し付けてあった酒肴をこれへな。そして、今日はみなも相伴(しょうばん)せい。これがこの城での最後の酒宴になるであろう。と、申すは、この城、今日限り徳川どのの手に渡し、われらは急遽京へおもむき、光秀討伐に加わらねばならぬでの、のう本多どの」

「さあ、最後の酒宴。お身からも、われらが家臣に盃を」



信長はつねに他人の意表を衝こうとし、また充分に衝き得る不出世の天才であった。
だが、器量において信長に数等劣った家臣が、もしこれに心酔し、同じ道を踏もうとしたらどうなろうか?

‥……秀隆もまた自分を小さな信長になぞらえているようであった。

本多百助信俊の頑なさと、純朴さとは、家康自身の一面なのだといっていい。
家康が、「庶民のための平和を‥……」と信じきって、あらゆる場面にそれを行動の規準にしているように、本多百助は「家康のため‥……」と素朴にその一点だけを追っている。



つつましく両手をついて、もう一度呼びかけたが返事はない。この当時の習わしで、客にはお伽の女を出した。百助が眼をさましたらおそらくそのお伽の女性と思ったに違いない。


蟹は甲羅に似せて穴を掘る
【読み】かにはこうらににせてあなをほる【意味】蟹は甲羅に似せて穴を掘るとは、人はそれぞれ分相応の考えや行いをするということのたとえ。
【蟹は甲羅に似せて穴を掘るの解説】

【注釈】蟹は、大きければ大きいなりに、小さければ小さいなりに、それぞれ自分の体に合った穴を掘って住む穴を作ることから、人間も自分の身分や力量に応じた言動をするということ。
「蟹は甲に似せて穴を掘る」ともいう。
一升枡に二升は入らぬ
根性に似せて家を作る
鳥は翼に従って巣を作る
【用例】「蟹は甲羅に似せて穴を掘るというが、今の自分の仕事は分不相応だと思うことがある」


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