◎真昼の梟(ふくろう)
「ーーすでに朝倉攻めに出ていった信長の背後、浅井父子が蹴散らしてたたいておろう……」
もはや怒りは消えうせて、衣食足れば陰謀する小人の哀れさがひたひたと胸をうった。
彼女はうずまく嫉妬をじっと押さえた。
(この女たちと同じ列まで、自分を引き下げてなるものか)
濃姫は、自分と彼女たちの生き方のひらきがぐっと胸にせまった。
……それは、どこまでも信長の妻ではなくて、飼われている女であり、寄生木(やどりぎ)なのである。
(梟……真昼の梟……)
退き戦の速さもまた、見事に「あ!」と言わしめたのだ。
この女たちは濃姫の敵ではなくて、無邪気な召し使いだった。
すでにして天下人、自分はその妻なのだと思うと、
(この人々も真昼の梟……)
◎濡れ青葉
あの憎らしいお万と家康の褥(しとね)の中の睦が全身をしびらす口惜しさで見えて来る。
三十女の情慾に嫉妬の焔が加わると、もはや常識でわりきれない狂乱に変わってゆく。
その家康が、瀬名のもとを訪れなかったことが、病的な瀬名の嫉妬を狂乱にまでおしすすめた。
「ーー朋輩にそねまれないようにして下され。みのるほど頭を垂れる稲穂かなーーこれを忘れて下さるな」
(この不倫な関係がもし家康の耳に入ったらどうなろう……)
「切腹いたしまする」
「そなた、それほど殿が怖ろしいのか。あちこちの女子に手をかけ、思いのままに振る舞うておる殿が」
(ではこの女が弱味を見せている原因はなんであろうか……)
(そうだ。恐れているのは家康の刀にかけてする制裁……その暴力、武力への怖れだけなのだ……)
あらあらしく粗野な一匹の牡牛となって瀬名の上にのぞんでいった。
瀬名は弥四郎の憤怒に仔猫のように従順だった。
……それがいまでは、自分の前に、いっさいを投げ出して泣くただの女になり下がった。
……すべてがとぼけた狂言じみて眼にうつる。
それが叛骨の芽生えなのだとはまだ、弥四郎は気がつかない。
◎男対男
「さすがは家康、義心も金鉄、兵も精強」
そう思わしめることだけが、信長にあなどられぬ唯一の道なのである。……こんど逡巡したのでは以前の出兵は弱者が強者にせがまれてやむなくした無意味なものになり下がってゆくのである。
……しかし肝腎の彼の妻の姿はどこにも見当たらなかった。
信長の言葉のうちに、……一つは自分の力で勝てる戦に、なるべく恩を受けまいとする。もう一つは、家康の兵を傷つけまいとすることが必ずしも策略ではなくて、彼の心の底にあふれる真実であることだ。
永遠に他人の下風に立つか否かは、こうした場合の意気と心の持ち方で決定する。
(こうしたところは猿めとよく似ているわい)
ほかの武将はすべてといってよいほどその働きのうらに加増、保身と露骨に目的を匂わせる。が、猿の木下秀吉にはそれがなかった。いつも信長の視線の先へ眼をつけて「天下のため」にすすんで危地へ挺身する。その猿によく似た熱情を、いま家康ははっきりと信長に見せて来た。
「すると、おぬしはこの信長に、一度決した手くばりを改めよと言われるのだな」
「勝たねば負ける。負けねば勝つ。……」
◎見えざる糸
いったんわが家を出るとどこの山野に屍(かばね)をさらすかわからぬ男たち。したがって男の武装は死装束(しにしょうぞく)であった。
(せめてその死を飾らせてたい!)
「お愛か……」
信長にさえ一歩もゆずらなかったほどの者が、一人の後家を見た刹那、静心を失うというのは何であろうか?
しばらく女子を近づけなかったせいとも思えたし、自分にはそうした欲望が人一倍逞しいのかとも思われた。
すると、おかしなことに、それらを否定して「縁ーー」
という字がふと頭にうかんで来た。
この世では人智で図れぬ、ある「力」が動いている。その力が自分にお愛を注目せよと命じているのではなかろうか?
(男というものは、女が欲しゅうなるとさまざまな理屈をつけるものだ……)
(ここ一両年が、信長の運命を決してゆくが)
(その間にこの家康のなすべきことは……)
◎甲斐の風
父が四角の巌をおいたように逞しいのに引きかえ、勝頼は女にも見まほしい公達(きんだち)ぶりであった。
「あれは降伏する男ではない。が、機を見るにさとい男だ」
疾(はや)きこと風の如く
叙(しず)かなること林の如し
侵略すること火の如く
動かざること山の如し
が、その信玄に依然としてただ一つの不安は越後の上杉謙信なのである。
生涯に二度とはできない上洛戦。
「こちらから煽いだ火は消えやすい。内からおこる火を待っているのだ。その火だけが謙信を防ぎ得る」
(家康を軽く見てはならぬ……)
父の見透しが的中するか?
子の推察が的を射るか?
そして、そこに勝頼の、父との競い、父に劣らぬ材器であるのを示そうとする気負があった。
「はい。あやめと申しまする」
「ただ一つ、家康どのと北の方築山どのとの不和にござりまする」
「はい。これは織田、徳川両家の間に打ち込む大切な楔(くさび)」
◎人生岐路
戦うが順か?
頬かむりして通すが逆か?頬かむりしていたら、おそらく信玄は浜松城をたたかずに通過して、問題はあとに残るに違いないが、その当然の結果として、自分の位置は武田家への隷属を意味しよう。
(今川氏にも織田氏にも断じて屈しなかった自分が……)
「余計な無駄口はたたくな。人生はな、重い荷物を背負って一歩一歩坂道をのぼるようなものだ。と思えばこそ、早まった油断はないかと思案を重ねてみているのだ」
人生は努力によって決定する。それにはいささかの疑いもなかったが、それ以上の何ものかがあることも否定できなかった。
(信長はなぜ尾張に生まれ、信玄はなぜ甲斐に生まれたのだろうか?)
「そなた覚えているであろう予の言葉を。今宵からそなたを予の伽(とぎ)を命じる。わかったか」
が、たとえ世間の眼にはどう映ろうと、人間には自分を絶対と信じて動くよりほかない、ぎりぎりの一線があるようだった。
通れてもよし、通れなくてもよい。
ここでは、わが欲するままを行ってみるのである。
(酒の味に似ている人生は……)