◎利刀鈍刀
「だがな、おれは当分戦はごめんだ。勝ちに乗じて動くであろうなどと思われて、そのまま動くのは性に合わん」
「わが力量に合わねば名刀ではなく、必ず働きの邪魔になる。鈍刀、利刀の差は鍛えの良否ばかりでなく、持つ人によって決まるのじゃ。わかるか、そなたに」
「上の姫をな、あやつの倅にやらねばならぬことになりそうだ」
「律義すぎる。考えても見よ。又左と元康が、肝胆(かんたん)相照らしたときのことを。又左はな、すぐ相手に惚れる男だ」
「では、思いきって小猿をお使いになされては」
「小猿……藤吉か。フーム」
……
「藤吉郎ならばおそらく相手に惚れはせぬ。あやつは惚れたと見せかけて、惚れさせることばかり考えている奴だ……」
藤吉郎
「されば、拙者が殿のお立場なら、元康が果たして小判か穴あき銭かを、まずもって試しまする」
「なに、まず試すと」
◎三つの使者
今川氏真から
「ーー勝手に岡崎城へとどまって、駿府へ軍状報告を怠ることはもってのほか」
「ーーその地にて織田勢をさえぎりおる段奇特なり。ただし一度出府、諸将協議のうえ、力を合わせて固めをきびしくするように」
瀬名はこの世に駿府以上のところはなく、ほかはみな見すぼらしい「番地」なのだと思い上がっている。
こうした場合信長だったら、何か度胆をぬくような派手さで相手を圧倒するに違いない。が、元康は逆であった。
「いやなに、取るに足らぬ小城じゃ。来られえ」
「ーー殿がほかの女子と添い寝する夢、有明の月も口惜しく、物狂いしてこのまま取り憑かばやと存じ候」
「可禰、そなた月に面を向けてみよ。そうじゃ、そうすると、そなた、まるで天女のように見える」