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雪斎と華陽院

2015年08月16日 (日) 14:42
雪斎と華陽院

◎紅だれ
「はて、どなたであったかな?」
雪斎が声をかけると、
「源応尼(げんおうに)でござりまする」

「この尼も駿府へ住みとうござりまするが、お許しいただけまいかと存じて」

「あの緑の中に、ただ一株、楓の紅だれが混じってござろう」
「あの紅だれは、夏中は葉の中でただ一つの赤であった。あの変わり者を緑の葉どもは、なぜ紅だれだけが赤いのかと、あるいはわらっているかも知れぬ。が、時節が来ると、まわりの楓は紅葉して、いつか紅だれはその紅の中に没してゆく。没してゆくと、こんどはどれが紅だれだったか見分けもつかぬまま忘れられ、かえって赤さの不足を責められゆくかも知れぬ。わしはあの紅だれでありたい!わしは紅だれの心を受けつぐ武将がほしい! 尼どの、それが……この雪斎の、安祥の小城にこだわり、岡崎衆にとりわけむごい理由でござる。おわかりかな?」


◎枯れ野の賦(ふ)
「経文も人もみなこれ一つ。心がらのすぐれた人は生きた経文。自然はすべて活文章でござろうが」

「木枯らしの吹くままに、葉をおとしては春を待つ木もたくさんおじゃる。お方はこの尼が、なぜお方に別れに来たか気がつかれぬか」

「熱田におればお方や殿の情を受け、駿府に移ればこの尼の手がとどく。どちらにしても竹千代は運強く生まれて来た子と見えまする」


◎那古野扇
「信長はな、敵の期待の裏をかくのじゃ」
「と仰せられると」
「相手が交換に応ずるものと思うていたら応ぜぬこと。応じまいと知っていながら来たのなら、さらりと応じてやることじゃ」

「竹千代は子供ながら悠々と、わが身は大将じゃと尾張にあって言いきる者。この虎、野に放つとやがて猛虎に育つゆえ、この申し出には従われぬとお断りなさるよう申したら、父がひどく逆鱗したわ」

「人質は交換せずとも、信広さまは斬られませぬ。斬って益なきお人ゆえ、生かしていつかの手持ちにする。相手の気持ちと、こちらの手持ち、あとになって歩と金ほどのひらきがうまれて参りましょう」

「申し上げます」
だが濃姫がきらっているとわかると信長は、わざと通すのであった。
……
濃姫はそのあとから、
「遠慮はないゆえ、お入りなされ」
と、これも小さな逆手でゆく。

(負けるものか…………)
と、濃姫の勝ち気も火をふいた。

「耳はもうよろしゅうござりまするか」
「いやまだじゃ……父はな、近ごろひどく衰えを見せて来た。死ぬかも知れぬ」
「そのような不吉なこと」
「たわけめ、生きて死なずに済むかッ。だがな、父に万一のことがあると、織田一族、寄ってたかってこの信長をたたくであろう」


◎往く雁戻る雁
「いかがでござろう。両者の位地に半ばする、大高あたりで引き換えては?」

織田家の背後ーーというよりも信長の背後にあって、時折り姿を見せる熊の若宮、竹之内波太郎だった。

「信長どのに、馬を貰うて参った。そち引いて来い」

松平方では竹千代が信長に贈られた馬一頭があるだけだった。

新八郎はがらりと槍を投げ出した。
「人間の一生はな、悲しい意地だとわかったわい。おれはいま一生の意地を貫いた。おぬしたちはそれで意地をふみにじられた。よかろう。さ、勝手に突いて、勝手におれの首を持ってゆくがいい」

「今日のことがな、こうなることは、那古野の若殿がよく見通してのことなのじゃ。ここで相手を突き伏せてはわれらの負けになるのじゃぞ」
「おぬしはだれだッ」
「名は名乗らぬ」
竹之内波太郎はそういうと……
「せっかく、竹千代どのに忠勤をはげまれよ。小さな意地にこだわらず大きなものにな、育てゆくがおぬしたちの役目のはずじゃ」


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