◎罠と罠
「ーーそうか。石女(うまずめ)でなかったのだな。よしそれでよし。わしと清康の孫が生まれる」
……忠政にとって自分の愛妻を拉(らっ)し去った松平清康は、憎いがまた懐かしい男一匹だった。
「ーーわしの忍、それに清康の断を持って生まれる孫がわしは欲しい」
小国の悲しみはいつの時代にも同じであった。右にすべきか左にすべきかの混乱だけでは納まらず必ず中立派もまた渦に加わる。
信元
(いったいこ奴をどこで斬ろうか?)
(そうだ! 熊屋敷の於国のもとで斬らしてやれ)
◎乱れ萩
それに織田信秀のやり方を信近は好かなかった。……すべてを力で……過去の一切を否定して……わがために土民を煽り、わがために土民を焼く。
兄の信元はその力に眩惑されて、織田へ款を通じようとあせっている。
◎小豆坂(あずきざか)
人々はそっと顔を見合わせた。いざ戦となると、やはり広忠では頼りなかった。ただ、ここではその頼りなさを誰もかくそうとしていない。それが、若い広忠には侮られた感じでたまらなかった。
「予は誰の眼にも父上には及ばぬそうな」
於大の腹でピクリと胎児が大きくうごく。
「祈ろう。今年は寅年であった。寅のように逞ましく強い子を授けたまえと神仏に祈願しよう。このような口惜しさを予は予の子に味わわせとうはない……」
「はい」
「今川を恃まず、織田に屈せず、悠々と一人で天下の歩ける子………」
◎今生未来
母に負けない母でなければ生まれ出て来る子に済まない。それにしても現世の祈りが、ほんとうに子供の未来にひびくのだろうか………?
「そなた……十二仏の第三番に並んでおわす真達羅大将………寅の神鉾(かみほこ)をもって立つ、普賢菩薩を盗んでたもれ」
「普賢菩薩の………?」
◎冬来たりなば
「岡崎へ男子ご誕生! 殿! 男でござりまするぞ。男の和子でござりまするぞ」
「.……寅の年の寅の刻に生まれたぞ……」