◎馬蹄のあと
……信秀はそこでニヤリと頬をくずして、
「愚かな者の眼には動かぬように映っていて、その実、しばらく眼をそらしていると行方は知れなくなってゆく。おぬしならばわかるであろう。やれ藤原の橘の、源氏の平家のと申しているうちに、世の中はあらぬ方へ歩いている。……何もかもが行方知れずの目算用になってゆくわ」
◎女性の歌
「そなた、勘六どのを見舞って来やれ。さっきの飴の甘味はきつすぎます。よけいに食べさせてはなりませぬ。急いでゆきゃれ」
「これはめでたい!」
「お屋敷さま、これはご懐妊のしるしでございますぞ。まずまず……おめでたい」