六三ー五
浪裏白跳張順はここにおいて、西湖の水をもぐって、湧金門から杭州城内に潜入しようとくわだてた。かれは李俊のとめるのをふりきって、単身ひそかに西湖畔の西陵橋上に立った。時は春、おぼろ月の下に、紺碧の水をたたえた西湖の風景は、まことに天下第一の名をあざむかなかった。
張順「おれは潯陽江のほとりに生まれ、台風も大波もあくほど、これほどの絶景ははじめてだ。こういうところなら、死んでもおれは本望だ」
「へんだな。大きな魚が簾につきあたったのかな」
「はて面妖(めんよう)な。ははあ、てっきり幽霊のしわざだな。ほっとこうぜ、もうねようねよう」
口ではそういいながら、みなねないで、じっと伏せていた。
張順はまた二時間ばかりじっと耳をすましていた。もう一度土くれを城壁の上へほり投げてみた。静まりかえっている。(やがて四更(午前三時)だ。夜明けも近い。いつまでこうしていても仕方がない) 張順は思いきって、城壁をよじのぼった、そして半分ほどのぼった時、上で拍子木(ひょうしぎ)が鳴って、兵士たちがいっせいに立ちあがった。張順あわてて城壁からとび下りて水に飛びこもうとしたが時すでにおそく、弓、石弓、石つぶてがいっせいに放たれて、あわれや英雄張順、湧金門外の露と消えた。
その夜、宋江の夢枕に血まみれの姿をした張順があらわれ、別れを告げて去った。…宋江は泣きくずれた。
都を出た時の百八人中、十の七まで戦死し、生きて帰るものわずかに三十六将であった。