高橋直樹著(潮出版社)
第一章 はたらき者の右腕
一
夜更けの本陣に突如、鳴子板の音が鳴り渡った。
「佐吉、昨日、京の本能寺において安土様(織田信長)ご生害。討手は明智日向守(あけちひゅうがのかみ)」
「そこで安国寺です。あの坊主ならば、そこをうまくまとめるのです」
二
まだ毛利は信長の死を知らなかった。いまおれの目の前にあるこの書状が、本能寺の変を知らせる最初のものだった。
三
「その望遠鏡が官兵衛の秘物だな。武田は御旗(みはた)と楯無鎧(たてなしよろい)なんぞ秘物にしていたから、あっけなく滅んじまったんだ」
「おれも欲しいな、望遠鏡」
「ならば筑前殿もキリシタンにおなりなされ」
「キリシタンは側妻(そばめ)を認めんからなあ。とても俺には無理だ」
四
「このあきれ果てたる徒者(いたずらもの)、井口兵助(いぐちひょうすけ)と申します。数々の無礼の段、お詫びの言葉もございませぬ」
五
「問題は摂津衆の動きだ」
「摂津衆の背後には大和の筒井順慶(つついじゅんけい)がおりますからな」
「危ないところだったぞ、シモン」
六
「本来なら野良犬のように生き、野良犬のように死ぬ身でござった。その尾張のはたらき者が諸将と肩を並べるにまでに至ったのは、すべて上様のおかげ。その御恩の深さ、とうてい生きて報いるに道なし。なれどいま、その御恩の千分の一なりとも報いるべく、この藤吉郎、決心つかまつった」
七
「それがしが嫌いなのは、安土様のような人殺しでございます」
八
しかし秀吉は決して妥協しようとはしなかった。繰り返し官兵衛に告げた。このいくさは天下が見ている。次の天下人にふさわしいいくさを見せなければ、羽柴秀吉に天運は付いてこない、と。
「天運か」
「天運か」
九
「明智の使い番を一人、目立たぬように仕留めよ。そなた、明智の使い番になりすまして、追う手の斉藤内蔵助のもとに走るのだ」
今なぜ、黒田官兵衛なのか?
時代が最も激動した戦国時代、その大きなうねりのなかで、独自の生き方や考え方をもって魅力的に生きた人物はたくさんいます。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は誰もが知っている英雄ですが、それら三英傑の裏にはどんな人物がいたのか?
年表に刻まれている事件や合戦の背後には何があったのか?
たとえば今の時代は、アイドルグループそのものではなくその裏にいるプロデューサーが話題になったりする時代です。光の存在を裏で支えたり、プロデュースしたりしている影の存在に興味を抱く方も多いのではないでしょうか。 カリスマ的な英雄にスポットライトを当ててその時代を描くよりも、
その裏にいた等身大の人物たちを通して戦国という時代を描いてみたい。
そうすることでこれまでとは違う、新たな戦国時代が浮かび上がってくるのではないかと考えました。
今回の大河ドラマでは、織田信長や豊臣秀吉を裏で支えた黒田官兵衛の目線で戦国の乱世を描きます。
秀吉の天下取りを演出した天才軍師。兄弟で殺し合うこともあった戦国時代にありながら、命の大切さを説いた官兵衛。
生涯、側室をもたず妻だけを愛しつづけた官兵衛。
その才能や人物を知るほどに、今の時代に戦国時代を描くなら黒田官兵衛がもっともおもしろいのではないかと考えました。
官兵衛を演じるのは、今、最も油の乗り切った俳優、岡田准一さん。脚本は、骨太な人間描写に定評のある前川洋一さんです。戦国時代ならではの合戦シーンもダイナミックに描きます。
戦国乱世を終わらせるために突如現れた天才軍師。
武力ではなく智力を駆使し、
生涯1度も合戦で負けを知らなかった男。
2014年大河ドラマ『軍師官兵衛』にぜひご期待ください。