項羽と劉邦(中)3
◎漢中へ
韓信はののしられるにふさわしかった。大きな体をぼろでつつみ、いつも腰に長剣を鳴らしてほっつき歩いていた。あるとき気のあらい肉屋が韓信をからかって、その長剣をおれに刺してみろ、刺せなきゃおれの股をくぐれ、と衆人の前でおどしあげた。このとき韓信はおとなしく這って股をくぐった。
人才に対する鈍感さは、逆にいえば項羽軍の特徴でもあった。勇は項羽ひとりで十分であり、智は氾増ひとりで十分であると思い込んでいる項羽軍首脳にとっては、噐才のある者をつねにさがさねばならぬという必要は頭から認めていなかった。
項羽が功としてみとめたものはみな第一線ではなばなしく戦った勇将たちで、後方にありながらその者が居たがために諸人(もろびと)の信がつながれたというたぐいの功績というものは項羽は一顧にもしなかった。
韓信は女を通じて関中の人心がいかに劉邦になびいているかをつぶさに知ったために、他日、劉邦がここにもどりさえすれば人民が歓呼して迎え、章邯らを打ち砕くのにわけはあるまい、と思った。
十に一も劉邦に勝目はない。しかし負けぬ工夫というのがあるのではないか
「逃げたんじゃないんです。逃げた人間を追っていたんです」
◎彭城の大潰乱(ほうじょうのだいかいらん)
義によって項羽を討つと天下に標榜して関中をめざされれば、兵はよろこび、その勢いあたるべからず、天下に充満する不満の心はみな大王に味方しましょう。
劉邦はどうやら韓信によって自分を知ったようである。
劉邦は、国名を創った。
「漢」
と、よんだ。
「この関中の地を永世に漢の根拠地にするためには、社稷(しゃしょく)をつくるべきでしょう」
ただ、項羽そのひとには戦闘者としての自信があったが、かれの楚軍の欠陥は、武将たちが単独行動をする場合にかならずしも強くないということだった。
項羽の戦いは戦闘より虐殺のほうで多忙だった。
中国大陸は、…基本があくまでも灌漑農業社会であったために、農民個々が個人として独立せず、その独立性が尊ばれず、ついにギリシャ・ローマ風の市民を成立させなかった。
劉邦はじつに柔軟であった。つねに王陸(おうりょう)に礼をつくして慰問の使者を送りつづけてきた。…このあたり、策略というつめたい発想から出たものでなく、村落人間だった劉邦のいかにもそれらしい自然の人情から出た方針で…
「決して酒癖がお悪いのではない、酒があなたの体を得てよろこんで跳ねまわっているのです」
韓信の股くぐり
【読 み】 かんしんのまたくぐり
【意 味】 韓信の股くぐりとは、将来に大志を抱く者は、屈辱にもよく耐えるとい うたとえ。
【韓信の股くぐりの解説】
【注 釈】
「韓信」とは、漢の天下統一に功績のあった名将。 韓信が若い頃、町のごろつきに喧嘩を売られたが、韓信は大志を抱く身で あったからごろつきと争うことを避けた。言われるまま彼の股の下をくぐ らされるという屈辱をあえて受けたが、その後韓信は大成し、天下統一の ために活躍したという故事から。 将来に大望のある者は、目の前の小さな侮りを忍ぶべきという戒めであ る。 「感心なことだ」の意味で相手を褒める際、「韓信」と「感心」をかけて 「感心の股くぐり」と洒落て使うことがある。
【出 典】 『史記』
【類 義】
堪忍辛抱は立身の力綱/
堪忍の足らぬ人は心の掃除の足らぬ人/
堪忍の忍 の字が百貫する/
堪忍は一生の宝/
堪忍は万宝にかえ難し/
堪忍は無事長 久の基/
ならぬ堪忍するが堪忍/
なる堪忍は誰もする/
忍の一字は衆妙の 門/
忍は一字千金の法則
【用 例】
「小さな怒りやトラブルに心をとらわれるのは、大きな志がないからだ よ。韓信の股くぐりということわざを知っているかい?君に大きな夢や目 標があるなら、韓信の股くぐりを座右の銘として小事にとらわれることは やめなさい」