【エコノミスト360°視点】
ファイナンスが後押しする「脱炭素」
BNPパリバ証券グローバルマーケット統括本部副会長
中空麻奈
日本経済新聞 朝刊
2020/11/13 2:00
菅義偉首相は10月の所信表明演説で、温暖化ガスの排出を2050年までにゼロとし、脱炭素社会実現を目指すことを宣言した。世界の潮流を踏まえた方針発表は海外からも称賛された。後は実行あるのみだ。そのための後押しとして3つの提案をしたい。
第1に、各国中央銀行や財務省などがESG(環境・社会・企業統治)に積極的に関与する姿勢からの学びである。中銀として初めて国連責任投資原則(PRI)に署名したオランダの中銀は、19年3月に責任投資憲章を制定し、自身の資金や外貨準備の運用に適用している。フランスの中銀は地球温暖化防止の枠組みである「パリ協定」に即し、環境への配慮が乏しい企業をポートフォリオから除外。自らの投資以外にも、ストレステストなどを通じて、金融機関経営にESGの観点導入を促している。
さらに、国債発行市場ではグリーンボンド(環境債)が増えている。ユーロ圏ではフランスを皮切りにベルギー、アイルランドなどが起債済みだ。集めた資金はエネルギー、農業、電気自動車普及のための補助金などに使われる。グリーン予算の「見える化」と効率的調達という両者を目指すことは、国としてのステータスになりつつある。政府債務においても、ESGは必ずやこれからの評価軸になるであろう。日本はどこまで踏み込むことができるか。
第2は、ESG投資に社債をいかに生かすか、である。ESG投資は長らく「概念は理解するが収益性を伴わない」として、現場の投資家に敬遠されてきた面が拭えない。しかし、株式に比較すれば社債は長期の投資が基本である。企業価値創造のための対話が重視される流れもあって、社債とESG投資は親和性が高いといえる。社債による調達は巨額に達しやすい。50年に向けた目標を達成するには、サステナブルファイナンス市場が厚みを増す必要があるが、その意味でも社債市場を生かさない手はない。
第3の提案は、国内に埋もれている技術を掘り起こし、活用することである。「日本の製造業は技術が衰えてしまった」「時価総額の大きい『GAFA』のような企業は日本には生まれない」などと嘆いている場合ではない。
とっぴな発想が不足しているだけで、日本人は目の前の課題を解決する能力にたけている。「二酸化炭素の排出量を減らす」「プラスチック製品を循環型のものに変えていく」といった技術改良では、日本企業は必ずや成果を出すはずだ。そういう細かい技術を日本中のあちこちから発見し、サステナブルファイナンスで資金をつけ、その改良した技術を海外に輸出するのもいいだろう。技術に対する評価があがれば、海外に向かっていた投資資金も国内に回帰し、一段の競争力向上につながる。こうした循環がうまくいけば、埋もれていた技術を活用した地方創生も可能になるかもしれない。
そう単純ではないことは百も承知だ。しかし、動きだす雰囲気はすでに醸成されている。絵に描いた餅にしないために必要なのは、正しい「後押し」だ。