●カミュ著『ペスト』が伝える人間の誠実さ
こうした「抽象化」「単調」という視点は、フランスの作家アルベール・カミュの小説『ペスト』からも読み取れる(以下の引用は、宮崎嶺雄訳『ペスト』創元社)。
カミュはつづる。
「ペストというやつは、抽象と同様、単調であった」と。
――舞台は、アルジェリアにある実在の都市オラン。物語は、街中のネズミが次から次へと謎のうちに死んでいくことから始まり、やがてその死は人間に及び、日がたつにつれて死亡者も増えていく。歴史の中で繰り返されてきた、ペストの襲来である。この中で、主人公である医師リウーは一人、感染症に立ち向かう。
「ペストと闘う唯一の方法は、誠実さということです」と語るリウー。誠実さとは、患者の苦痛を少しでも和らげ、その寿命を永らえようとする医師の職務を果たすことであった。自らの感染の危険も顧みず、たとえほかの人が諦めても、全力で感染者の治療に当たるリウー。その姿に心動かされ、周囲の知人たちも協力し始める。
カトリックのパヌルー神父は、教会で人々に“ペストは人間が生まれながらにして背負った原罪に起因する”と説き、悔い改めて信仰に励めと奨励した。この説教は当初、人々の苦しみを抽象化する教会の権威として、やや批判的に描かれる。だが、そのパヌルーもまた、リウーの奮闘に刺激を受け、患者への貢献を始める。
やがて、物語に転機が訪れる。それは、ある少年の死であった。
家族から離されて隔離病棟に移され、たった一人でペストと闘う少年。その様子を描くカミュの筆致はリアリティーに満ちている。少年が断末魔の苦しみに悶絶し、悲鳴を上げて息絶えるさまは、読者の胸をも締め付けるような鮮烈な描写だ。
少年の最期をみとったリウーやパヌルーらは苦悩する。
“どう見ても、この子に罪があるとは思えない”――リウーの言葉に絶句したパヌルーは、この経験によって抽象的な罪を説くことをやめ、患者の苦しみをわが苦しみとして受け止め、自らの感染をも辞さずに患者への貢献を続けるのである。
カミュは、パヌルーの信仰の純粋性を「理論」から「行動」へと変容させて描いていく。
「僕が心を惹かれるのは、人間であるということだ」
人間は、人間を離れて人間とはなれない。語り合い、触れ合う中で人間となる。それは、同苦にあっても同じであろう。他者の苦痛を完全に理解することはできないかもしれない。しかし、同苦しようと思うことはできる。人間だから同苦するのではない。同苦しようと思うから人間なのである。