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【FINANCIAL TIMES】踊れないTikTok対応
イノベーション・エディター ジョン・ソーンヒル
日本経済新聞 朝刊
2020/10/2 2:00
政治的な目的でビジネスに圧力をかけて成功するなどあってはならないが、政治的目的で圧力をかけて失敗するほどひどいことはない。
トランプ米大統領は中国の北京字節跳動科技(バイトダンス)が提供する短編動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」の利用を禁止すると圧力をかけたものの、どうも失敗の方向に向かっているようだ。
トランプ氏はティックトック問題で正当な行政上、司法上のプロセスを適用しなかっただけでなく、中国で開発されたこの大人気の動画アプリの米国での利用を禁じると言明したが、その実行もできなかった(編集注、8月3日に米企業によるティックトック買収を9月15日までに実現できなければ利用を禁じるとし、8月6日には大統領令で米企業が同社およびバイトダンスと取引するのを禁じたが、これに対し同24日、ティックトックの米運営会社が同大統領令を「憲法違反」として米政府を提訴、差し止めを求めていた)。ワシントンの連邦地裁は9月27日、ティックトックの配信禁止を一時的に差し止めた。
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もしティックトックの最大の懸念が国家安全保障上の問題というなら、インド政府のように即、全面禁止にする方がはるかに理解できる。情報戦争の世界に生きている以上、様々な情報を発信するプラットフォームを誰が支配するのかは重要な問題だからだ。
だが、ティックトックを巡る米企業との合意の詳細はまだはっきりしないが、明らかになっていることから判断すると、安全保障上の懸念の多くは解決されていない。ティックトックのデータは米国のサーバーで保管され、オラクルがその監督役を担うのだろう。だが、最も重要な技術である人気を呼ぶコンテンツを利用者に提供していくためのアルゴリズムの支配権はバイトダンスが引き続き握る。中国政府は、重要な技術の他国との共有は認めない方針をちらつかせている。また、バイトダンスはティックトック・グローバルの株式の80%は保有し続けるとしている。
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米マサチューセッツ工科大学(MIT)のデジタル経済イニシアチブ(IDE)の責任者を務めるシナン・アラル教授が指摘するように、フェイスブックやツイッターなど米テック企業のプラットフォームはいまだに悪意ある外国勢力にデータを操作される状態にある。
アラル氏の著書「The Hype Machine」(邦訳未刊)にあるように、2016年の米大統領選挙ではロシアがフェイスブックを通じて拡散させた偽情報は少なくとも1億2600万人に届き、今も偽情報はばらまかれ続けている。これは解決を図るべき安全保障上の根本的問題で、大統領令を一つ発すればすべてを一気に消し去ることができるといった問題ではない。
ティックトック買収を巡る問題はもっと大きく、それはビジネスを政治問題にしたことで、事業自体をだめにしかねない点だ。「個々の企業や企業同士の合意に政府が介入して、それを認めたり認めなかったりするのは、米国ではほぼ前代未聞で、非常に危険な前例を作ることになる」とアラル氏は指摘する。
トランプ氏としては、大統領選を控えティックトックの利用を全面的に禁じることで米国人利用者からの支持を失いたくないのだろう。一方、中国企業を公の場で徹底してやり込めることには政治的な狙いもある。
トランプ氏は自分を支持してくれているオラクルとウォルマートを優遇する一方で、ティックトックは共和党支持者が圧倒的に多いテキサス州で2万5000人に上る新規雇用を創出するとも豪語している。
こうした一方的な民間企業への介入は、海外で報復を招くリスクがある。こんなことをしてアップルやマイクロソフトが中国で展開する巨大ビジネスを米政府が守れるのか見ものだ、といわざるをえない。欧州連合(EU)が米テック各社に対し、EUの技術面の主権を守るべくさらに厳しい姿勢でのぞむようになっても不思議ではない。これをきっかけに英政府が、英半導体設計大手アームが米半導体大手エヌビディアに買収され、米国の覇権争いの駒の一つにされることに再び待ったをかける可能性もある。
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確かに中国は自国の市場を徹底して保護する一方で、海外企業についてはすさまじく不公平に扱ってきた。だが、米国は中国と同じような戦い方をしても決して勝利はできない。
米国を長きにわたって世界で最も革新的な経済大国にしてきた5つの要素を強化するならば中国との戦いに勝利できるだろう。それは、シリコンバレーを技術革新の発信地にしてきた様々な人や発想、技術の流れを自由にし、競争が活発で開かれた市場と法の支配をさらに徹底することだ。