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春秋
日本経済新聞 朝刊
2020/9/25 2:00
二十四節気では「秋分」を過ぎ、草木に冷たく小さな水の滴がやどる「寒露」へ向かうころである。過ぎ去る季節を惜しむように咲くアサガオを見かけた。手入れされた民家の庭先や線路の脇の金網のフェンスで、台風12号による強い風に、いくつもの花が揺れている。
▼茶道の歴史にも登場する。千利休宅のアサガオの評判を聞きつけて、秀吉が朝の茶会に訪れた。ところが、利休は事前に、庭の花をすべてむしり取ってしまう。客たちは興ざめするのだが、小座敷に入り、たった一輪、生けてあった花弁に目の覚める思いをした、というものだ。美への視点の鮮やかな逆転とでもいおうか。
▼利休による美意識の転換や創造は、時代に下克上の風潮が漂っていたゆえ生まれた――。ある識者が指摘している。下の地位の者が上を倒す。従来とは正反対のそんな世の中のありようを、文化の価値観にも導き入れたということだろう。コロナ禍で私たちもニューノーマル(新常態)に向き合って、はや何カ月かたった。
▼密を避け、勤務や会議はリモートなど当初は抵抗のあったことも日常になりつつある。往時の殺伐さは幸いないが、今後もビジネスで暮らしで様々な変化が待ち受けるに違いない。受け入れるためには、しなやかな発想が必須のようである。朝に咲き、夕にしぼむ小さな花を通じ教えられるのはなんとも不思議な気がする。