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2020.9.25-6(2)

2020年09月24日 (木) 14:18
2020.9.25-

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〈池田先生の会長就任60周年 青年部が原田会長に聞く?部〉第5回 「青年学会」を築いた若き日の闘争?

●「3・16」は永遠に師弟誓願の日 後継とは弟子の勝利の実証
 ◆志賀 「世界青年部総会」がいよいよ目前に迫ってきました(27日に開催)。
 総会に向け、今回、新たに誕生した青年部歌「Eternal Journey with Sensei!〜永遠の師弟旅〜」と共に、世界の若き池田門下が前進しています。
 青年部歌は「さあ 共に出発しよう! 命ある限り戦おう!」との一節から始まります。これは、小説『新・人間革命』第30巻〈下〉「誓願」の章での、池田先生の呼び掛けを引用させていただいたものです。
 総会では、先生の万感の期待に立ち上がった、世界中の青年部が集い合います。
  
 ◇原田 師匠のもと、弟子が永遠の広布を誓う――法華経に説かれる「在在諸仏土 常与師?生」の経文にも通ずる、壮大な後継の集いとなることを期待します。
 思えば、1958年(昭和33年)の3月16日、戸田先生のもとに6000人の男女青年部員が集い“広宣流布の模擬試験”といわれる記念式典が行われました。
 この場で、池田先生を中心とした愛弟子たる青年部に、戸田先生は「広布後継」のバトンを託されます。
 池田先生は「3・16」について「先生と私、第二代と第三代の師弟不二の大儀式であった」「そして私と共に、愛する青年たちが、永遠に同じ決意で、広宣流布の誓願に立ち上がりゆく日となった」とつづられています。「3・16」は、師に広布を誓う弟子の「誓願」の日なのです。
 このことは、小説『人間革命』第12巻「後継」の章などを通して、皆さんよく学ばれていると思います。
 その上で、まず確認したいことは、前年の57年12月に、戸田先生の願業である「75万世帯の弘教」を達成した上で、式典が行われたということです。
 池田先生は「弘教七十五万世帯は、師弟の誓願であった」「もし師弟の誓願が達成できていなければ、『3・16』の式典――あの後継の大儀式は完成されなかった」ともつづられています。つまり、「広布後継」とは、師弟の勝利の実証あってこそ、なしえることなのです。

◇◇

◆大串 式典に際しては、お体が衰弱されていた戸田先生に乗っていただこうと池田先生が依頼し、有志が作製した「車駕」が用意されていました。しかし、戸田先生は、車駕を見られ、「大きすぎる。これでは、戦闘の役には立たぬ!」と言われます。
  
 ◇原田 戸田先生は「こんな重いものを担ぐ青年がかわいそうではないか。軽くて、どこへでも飛んでゆけるものが必要なんだ」と、厳しく叱責されます。池田先生は、戸田先生のお体の負担を少しでも減らし、ゆったりとできるように、大きめの車駕を用意されたのです。そんな先生のお気持ちを知らぬ先輩幹部のなかには、冷ややかに笑うだけの人もいたそうです。
 しかし、池田先生は、戸田先生のお心を痛いほど理解されていました。これも恩師からの厳愛の訓練だったのです。池田先生が「弟子が真心で作ったものです。どうか、お乗りください」と申し上げると、戸田先生は、にっこり頷き車駕に乗られました。式典後にも、「体が良くなったら、あの車駕に乗って全国を回りたいな」と語られていたそうです。
 池田先生の念頭にあったのは、三国志の「五丈原の戦い」で、病篤き諸葛孔明が車に乗り、指揮を執った故事でした。
 恩師は、弟子の心を喜ばれていたのです。その上で、将軍学を教えるために、あえて最後まで厳しく指導されたのです。この一事からも、戸田先生と池田先生の師弟が、いかに強い絆で結ばれているのかということに改めて感動を覚えます。

◇◇

●広布を阻む悪を断じて許すな!
  
 ◆西方 式典の開始は午後0時40分。司会は池田先生でした。席上、戸田先生は、集った6000人の前で「創価学会は宗教界の王者である」と宣言されました。これが後継の青年たちへの最後の師子吼でした。
  
 ◇原田 「宗教界の王者」とは戸田先生が生涯を捧げた広布の、勝利の大宣言でした。
 池田先生は「『宗教界の王者』とは万人成仏の法を明かした『一切経の王』たる法華経の精神を身に体して、広宣流布という最も至難な大聖業を遂行する王者のことである」「我ら創価の師弟は、未来永遠にこの『王者』の心で、威風も堂々と戦い続けていくのである」とつづられています。
 また、戸田先生が「創価学会は、宗教界の王者として、社会のあらゆる分野に、真に優れた人物を送り出していくのだ」と語られていたことも、池田先生から教えていただきました。まさしく今、その大いなる時が到来しているのを感じます。
  
 ◆西方 式典の十数日後、大石寺で所化頭が年少の所化をいじめていました。日頃から学会の悪口を言っている所化頭でした。青年部がその悪を徹底して糾弾した報告を聞かれた戸田先生は、池田先生に「追撃の手をゆるめるな!」と厳命されました。これは、青年の私たちが常に心に刻むべき遺訓だと思います。
  
 ◇原田 その時、戸田先生は宗門の腐敗堕落に心を痛められ、こう言われています。
「なぜ、堕落が始まり、腐敗していくのか……。それは、広宣流布という至上の目的に生きることを、忘れているからだ。この一点が狂えば、すべてが狂ってしまう。残念なことだが……令法久住を口にしながらも、多くの僧侶が考えていることは、保身であり、私利私欲をいかに満たすかだ。……つまり、欲望の虜となり、畜生の心に堕してしまっている」
 そして明言されています。
 「戦時中、大聖人の仏法は、外敵によってではなく、臆病で、姑息な、僧侶の保身によって滅ぼされようとした」「そのなかで、厳然と、大聖人の仏法の命脈を保ったのが、牧口先生であり、創価学会なのだ。……だから、大聖人の御精神は、本当の信仰は、学会にしかない。……宗門は、死身弘法を貫いた学会と、戦後、僧俗和合してきたからこそ、大聖人の仏法を継承できたのだ……。もし、学会から離れるならば……大聖人の正義を踏みにじった、謗法の宗でしかなくなってしまう」
 池田先生は「追撃の手をゆるめるな!」とは、戸田先生が「将来の先の先まで見通され、宗門内部に巣食う腐敗堕落とは断固戦えとの、甚深の指導であった」と、教えてくださいました。戸田先生の最後の指針が“広布を阻む悪を断じて許すな”との魂の叫びであったことは重要であり、断じて忘れてはなりません。


「創立90周年」へ青年が主体者に
 ◆志賀 戸田先生は逝去の直前、会員を激励された際に“第三代会長になられる方はすでに決まっている”とも語られていたと伺いました。
  
 ◇原田 そうです。戸田先生は「戸田亡き後は、第三代会長になられる方が、広宣流布のすべての指揮を執り、世界広布の理念と方法のレールをちゃんと敷いてくださる。四代から先は公平な方であれば、誰が会長になっても困らぬように、第三代が仕上げてくれます。第三代の教え通りに実行していけば、世界の広宣流布は必ず必ず実現できるのです」と述べられました。この予見通り、池田先生の指揮のもと、今や、世界広布は現実のものとなりました。
  
 ◆樺澤 式典から2年後の3月16日、池田先生は日記に「化儀の広布の大式典は、一日にして終了するものではない」とつづられました。先生が第3代会長に就任される2カ月前のことです。
  
 ◇原田 先生が毎日を「3・16」の誓いのままに戦い抜いてこられたことが伝わってきます。後に、先生は「私たちの日々の勤行・唱題には、『虚空会の儀式』に連なりゆく意義がある」「毎日が『3・16』である。永遠に決意の日であり、断固と勝利へ出発する日なのだ」ともつづられています。私たちも、毎日が「3・16」との精神で戦いを起こしていきたい。
  
 ◆林 式典から30年後の88年、先生は長編詩「青は藍よりも青し」を発表されました。
 「その広布の大河の流れが/歴史の必然であるか否かを/君よ問うなかれ/汝自身の胸中に/自らの汗と労苦により/広布を必然たらしめんとする/熱情のありや無しやを 常に問え」との呼び掛けは、私たち青年への永遠の指針だと思っています。
  
 ◇原田 先生が、青年に常に訴えられているのは「広布の主体者」であることです。
 今年は池田先生の会長就任60周年であり、「11・18」には学会創立90周年を迎えます。私たちは先生の死身弘法の闘争に心から感謝申し上げ、下半期を戦っていきたい。
 「創価青年学会」の新時代を迎えた今、世界中の若き池田門下が地涌の使命を自覚し、社会に希望を広げています。まずは「世界青年部総会」へ、最後まで悔いなく戦い切り、勝利の歴史を飾っていただきたい。それでこそ、総会が21世紀の大いなる希望の転機と輝いていくのです。
 青年一人一人の成長を、誰よりも池田先生が見守り、待ち望んでおられます。
(この項終わり)


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