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【FINANCIAL TIMES】中国利する米の中東撤退
アジア・エディター ジャミル・アンデリーニ
日本経済新聞 朝刊
2020/9/16 2:00
2003年の米軍イラク侵攻の米国の本当の動機は、世界第2位の確認埋蔵量を誇るイラクの石油を掌握することだったと、侵攻を批判する人たちは常に考えてきた。「イラクの自由」作戦をたくらんだ者でさえ、イラクは復興を石油収入で楽にまかない、米国に有利な形で中東情勢を書き換える従属国になると信じていた。
だが、イラク戦争の目的がもし石油と中東への影響力を得ることだったとすれば、その後の戦いに最終的に勝ったのは、米国ではなく、砲弾を1発たりとも撃たなかった中国のように思える。
世界最大の原油輸入国である中国は今、イラクにとって最大の貿易相手国になっている。イラク以上に中国に石油を売っているのはロシアだけだ。今年上半期、イラク産石油の対中輸出は前年同期比で30%近く増加し、イラクの輸出全体の3分の1以上を占めた。
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最近まで、中国政府は中東で、すべての国の友人だが誰の盟友にもならない不干渉のアプローチを取ってきた。イランを相手に4000億ドル(約43兆円)規模の投資・安全保障協定を交渉する一方で、イランの敵国であるサウジアラビアの核開発プログラムを支援しているところからも、このアプローチが成功していることが分かる。さらに、中国はパレスチナの大義を全面的に支持する一方で、イスラエルにも取り入り、最先端技術の共有や中国国営企業に対する主要な戦略的港湾のリースに合意させている。
だが、中東における中国の影響力が増していることを示す最も強力な兆候は、イスラム教徒が過半数を占めるほぼすべての国が、中国西部の「再教育施設」で200万人ものイスラム教徒が収容されている状況を支持したことだろう。
公式声明や国連に宛てた共同書簡で、サウジアラビア、エジプト、クウェート、イラク、アラブ首長国連邦(UAE)をはじめとした国々がそろって、新疆ウイグル自治区の収容施設とイスラム教弾圧は必要な「反テロ・脱急進化」対策で、「幸福と満足感と安心感」をもたらしたと称賛した。
米国では、中東への関与を減らすことを公約に掲げた大統領が2人続けて選出されている。シェールオイル革命によって、米国が事実上、エネルギーを自給できるようになったこともあり、さらに多くの血と金を中東に注ぎ込む理由は乏しくなりつつある。
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米国が地域の警官役となることを拒むなか、他国、とりわけ中国が米国不在の恩恵を受ける事態はしばらく前から明白になっている。そのきっかけを作ったのはオバマ前政権で、米国の外交力と軍事力の焦点をアジア太平洋地域に移し、地域覇権国としての中国の台頭に対抗する「アジア・シフト」を提案した。トランプ大統領はこの戦略を加速させた。
だが、説得力があるようにみえていた米軍の中東からの撤退が今、中国の急激な中東進出によって難しくなっている。もし米国の目標が、アジアにおける中国の野望を封じ、日本、韓国、台湾といった緊密な同盟相手を支援することだとすれば、中東からの撤退は絶対にやってはならないことだ。
大半のアジア諸国は中国以上に、海上輸送で運ばれる石油に以前にも増して依存するようになっている。アラビア半島周辺の重要海域の支配権を中国に明け渡せば、アジアのすべての国が戦略的な同盟関係の再考を余儀なくされ、中国が世界中で駆使している威圧外交に影響されやすくなる。
11月の米大統領選で誰が勝つにせよ、勝者は中国との競争、そして中国の封じ込め策は今や中東を通じても手がけなければならないという厄介な現実に直面することになるだろう。