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【Deep Insight】TikTok 担い手の器
日本経済新聞 朝刊 オピニオン2(7ページ)
2020/9/3 2:00
米国人1億人分の個人情報の行方やいかに。中国の動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」の米国事業売却は、両国政府の介入もあり、混沌としている。ただ買い手候補の米国企業は複数あり、受け皿では困らない。
もし仮に日本ならどうだろう。政治的な要素もはらむ巨大な個人情報の塊をコントロールし、ビジネスとして成長させる能力と意欲のある会社があるだろうか。単なる資金力の問題ではない。
早い段階でTikTokへの関心を公式に認めたマイクロソフトを見てみよう。8月初めの声明で、世界クラスのプライバシー保護を施し、データは米国内で管理すると言い切った。
にわか仕込みではない。転換点は2013年、エドワード・スノーデン氏が米国家安全保障局(NSA)による個人情報収集プログラム「PRISM」を暴露したことだった。IT企業からデータが吸いとられていた。
当時、マイクロソフトの法務部門責任者ブラッド・スミス氏(現社長)に問うと、PRISMの存在さえ知らなかったとしつつ、「データセンターに情報を預ける利用者の懸念は当然。できるだけ利用者に近い場所にデータを保存し、自国の法律で保護されるようにしたい」と答えた。
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折しも中国アリババ集団傘下の金融会社アント・グループが香港と上海で上場申請した。大型案件だ。個人データを使った信用評価を駆使して成長する。ヤフーはLINEと経営統合し、米中のテック大手を追いかけるというが、道筋はぼやけてきたように感じる。
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政治家に頼みごとをする「陳情」ではなく、技術が社会や経済に与える影響について理解を促す「ロビイング」の意識が希薄な日本企業とはやはり差がある。
注目すべきはTikTokに限らない。欧州司法裁判所は7月、欧州から米国に個人情報を移転するルール「プライバシー・シールド」を無効と判断した。米当局の情報収集に個人の権利を侵害する監視の懸念があるからだ。
裁判のきっかけはオーストリアのプライバシー活動家マックス・シュレムス氏の訴え。同氏は5年前の裁判でも、米欧間の情報の流れにストップをかけている。
「データ移転の禁止を求める訴訟が続く」「(機密情報を共有する)ファイブ・アイズ諸国で、情報機関の個人データへのアクセスが問題になる」。日本でこの案件に詳しいインターネットイニシアティブ(IIJ)の専門家たちは今後の可能性をこうみる。
日本は大丈夫か。いまのところ欧州は日本の個人情報保護を十分な水準と認めている。TikTokも日本の利用者情報はシンガポールなど中国の外に保管し、要請があれば日本政府や政党に状況を説明する用意があるという。
安心はできない。個人の情報やデータの取り扱いについて、国・地域が価値観を激しくぶつけ合う現実がある。いつデータ攻防の渦に巻き込まれても不思議はない。日本とファイブ・アイズの連携拡大も変数になりうる。
19年のG20サミットで安倍晋三首相は、経済分野のデータ流通を促そうと各国首脳に呼びかけた。信頼できるルールのもとでのデータの行き来は理想だ。だが、いざとなればデータ社会を自力で回すだけの確かなデジタル技術や哲学の裏付けがなければ、説得力のあるメッセージにならない。