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【NAR Opinion】英国の先行き占う対日通商協定
英フィナンシャル・タイムズ前編集長
ライオネル・バーバー氏
日本経済新聞 朝刊 グローバルアイ(8ページ)
2020/8/30 2:00
日本と英国の新たな通商協定の交渉は最終局面に入ったが、今までは歌舞伎(芝居)のような調子で進んできたといえる。最初はゆっくりと、互いに腹を探り合った。日本が正式合意の目安としてきたとされる9月が近づくにつれ、ペースは加速した。しかし12月までに正式合意しなければ、波乱の展開となり、英国が痛い目を見る幕切れを迎えるかもしれない。
正式合意にこぎ着けられる見通しはある。茂木敏充外相は8月上旬、英国を訪問し、協議に臨んだ。争点の一つは、トラス国際貿易相が主張する英国産ブルーチーズ「スティルトン」の市場アクセス拡大だった。データに関する権利、「スコッチウイスキー」「神戸牛」といったブランドの保護などでは、両国が歩み寄れたと報じられている。
礼儀正しく話し合われているように見えるものの、大きな賭けから注意をそらしてはならない。「グローバルな英国」を掲げるジョンソン首相にとって、対日通商協定の交渉は最初の試金石となる。
英政府は欧州連合(EU)からの離脱を果たした今、2022年末までに全貿易額に占める自由貿易協定(FTA)カバー率を80%にすることを目指している。とはいえ、EUによる足かせから自由になった半面、世界屈指の大貿易圏から外れるという不都合に甘んじ、仲間がいた時ほど強い態度に出られない。
ジョンソン政権はまず、日本に加え米国、オーストラリア、ニュージーランドのほか最大の貿易相手であるEUとの通商協定の締結を目指している。いずれのケースについても、EU離脱後の移行期間が終了する12月末までの合意を急ぐ。
問題を難しくしているのは、さまざまな2国間の通商協定の内容が、新たな貿易関係を巡るEUとの交渉結果に左右される点だ。英政府は今のところ、EUと最低限の通商協定を結べれば構わないという考えのようだが、路線変更があれば他国との戦略にも影響が及ぶ恐れがある。
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日本は、EUとのEPAより大幅な関税削減を英国に求めてきたようだ。トラス氏は日本側に、協定発効の初日から自動車関税が撤廃されるという希望を与えてきた。26年に日本製乗用車の関税を撤廃することが盛り込まれた日欧EPAに比べ、(現時点では26年に撤廃される見通しとなったが)日本にとって格段に優れた内容だった。
EUに対する切り札という面に加え、地政学的な算段としての意味も大きい。英国は、日本とのFTAを足掛かりに、環太平洋経済連携協定(TPP)に参加することが考えられる。日本政府側は既に、参加の可能性に歓迎の意を示した。EU離脱後の英国は、米中をはじめとする経済大国が権勢を振るう世界において、日本を重要なパートナーとみなしている。
英国と日本は、相互の投資を通じた結びつきも強い。自動車業界を中心とした日本の対英投資は、サッチャー政権下だった1970年代後半から80年代の英国の経済再生に寄与した。こうした投資を促した要因の中には、英国が現在のEUの一員として、欧州大陸への製品輸出の足場となれることがあった。
EU離脱を経た英国が、強大な貿易圏への所属と市場アクセスで、EU加盟時と同等の条件をすぐに獲得するのは難しい。英国がEUとの従来関係を維持できる協定をそろえ、米国やインド、中国などと協定を結ぶという最も楽観的な想定でも、英国の国内総生産(GDP)の押し上げ効果は15年で0.2%にとどまるとの予測もある。(日英通商協定の)歌舞伎が盛り上がっても、暗い現実まで覆い隠すことはできないだろう。