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【経済教室】電源構成最適化への課題(上)
原発含め 選択肢幅広く
柏木孝夫・東京工業大学特命教授
日本経済新聞 朝刊 経済教室(23ページ)
2020/8/18 2:00
梶山弘志経済産業相が7月3日に示した非効率石炭火力発電の休廃止方針が衝撃を与えている。日本のエネルギー政策は「3E+S」を基本とする。原子力の安全確保(Safety)を前提に3つのE、すなわち安定供給・自給率の向上(Energy Security)、できるだけ効率的で安い価格(Economy)、気候変動など環境保全(Environmental Conservation)に努めることだ。
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電力システムには、需要カーブに合わせて発電しなければならないという厄介な問題がある。すなわち需要と供給の同時同量の原則があり、発電量が多すぎると送配電網の電圧が上がる。特に太陽光や風力のように、気象により不安定な再生可能エネルギーは出力が安定しないため周波数を変動させ、ある範囲を逸脱すると停電を招きかねない。いわば電圧が人間の血圧、周波数が脈に相当し、高血圧や不整脈が出れば倒れてしまうのと同じだ。
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だが石炭火力に関しては多くの二酸化炭素(CO2)を排出するため世界でその評価は二分されている。欧州などの多くは脱炭素化を掲げて、完全撤廃に向かう動きを加速しているのに対し、石炭比率の高いインドなどアジア諸国では安価な石炭火力を優先する。ベトナムやインドネシアなど、先進的な高効率石炭火力の新設を望む国も多い。
今回アジアの先進国である日本が選んだ道は、脱炭素社会を目指して非効率な石炭火力から脱却し、新型で高効率な石炭火力の供給を維持するというリアリティーのある決断といえる。
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筆者はすべての国々が各国の特長を生かして安定供給を推進することが重要だと考える。日本は1次エネルギーの選択肢を減ずることなく、あらゆる発電オプション(選択肢)を維持しながら、脱炭素社会に向けて革新的な技術開発を主導すべきだと確信している。
日本が非効率石炭火力を休廃止し、新型高効率(超々臨界、石炭ガス化複合発電=IGCC=など)を残すことに異論はない。だが休廃止に伴うベース電源の減少をどう代替するのか、道筋が不明確だ。次世代エネルギーマネジメントのような省エネは効果的だが、それだけでは量的に不十分だ。供給源にまで踏み込んで検討する必要がある。
CO2削減を進めるために、再生エネの主力電源化を加速させて石炭火力の代替にできればよいだろう。量的に今後一段と伸ばせるのは限界費用がゼロに近い太陽、風力だろうが、前述したように不安定性など解決すべき課題が多い。フリーライダー(ただ乗り)の範囲内ならよいが、ベース電源となると容易に解決できる問題ではない。
残るオプションは原発である。原発は脱炭素の有力手段であり、自給率にも貢献する。世界一厳しい安全基準を満たして既存原発が再稼働できれば、化石燃料より発電コストも低く、本格的なベース電源となることは確かだ。国際的にも国際エネルギー機関(IEA)は、コロナ禍で電力の安定供給がこれまで以上に重要なことが認識されたとの見解を示したうえで、原発は確実な電力供給を支える重要電源と位置づけた。
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日本では福島第1原発事故から9年が経過した今も不信感は根強く、エネルギー政策の基本である3E+Sの安全性に対する国民的なコンセンサス(合意)がいまだに形成されたとはいえない。検討が始まったエネルギー基本計画を巡っては、複眼的視点からの検討が求められる。
日本は技術立国として原子力のような総合工学を商用化できない限り、技術的な将来展望を描けない。一科学者としての強い願望でもあるが、再生エネか原子力かという二者択一思考の中に日本の国力や国益を増大させるソリューション(解決策)を見いだすことは極めて困難だ。
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すなわちこれまで排出したCO2の低減を意味する「ビヨンドゼロ」をうたい、エネルギー資源の乏しい日本が今後世界に貢献する方向性を示した。
選定されたのは(1)非化石エネルギー(2)エネルギーネットワーク(3)水素(4)CO2回収・利用・貯留(CCUS)(5)スマート農林水産業――の5分野であり、それぞれについて具体的なテーマが記載されている。筆者は、日本は水素、蓄電池、CCUSで主導権をとれると考えている。環境原理主義的に脱化石を脱炭素社会の唯一のソリューションとする狭義の考え方に振り回されることなく、世界各国が国情に応じてこれらの技術のシステム的な導入により、新興国も含め脱炭素化の実現を早めることが大切だ。
これらの革新的な技術を国内で実証するために、世界初のCO2ゼロの拠点として「東京湾岸ゼロエミッションイノベーション協議会」が6月に発足した。
筆者は脱炭素化に対して全く異論はない。ただし脱炭素化は地球全体の問題であり、各国が脱炭素化に向けて国益や国情に応じた戦略を自由に構築できるよう1次エネルギーの選択肢を減ずることなく、あらゆる技術オプションを用意しておくことが極めて重要だ。
<ポイント>
○エネルギー政策で最重要なのは安定供給
○脱炭素化に向け革新的な技術開発主導を
○再生エネか原子力かの二者択一に益なし
かしわぎ・たかお 46年生まれ。東京工業大工学博士。専門は環境・エネルギーシステム工学